歌舞伎「小栗判官」の翻案。車載カメラで地図アプリのストリートビュー用の写真を撮影して回るドライバーが、「自分は一度死んでいる」と語る一人のヒッチハイカーと出会う。互いに気付かないが、二人はかつてヒッチハイカーの死によって分かたれた恋人同士である。永遠にも思える道行の最中、二人は次第に、なぜか何年も目的地に到達できないヒッチハイクの旅の孤独や困難、パートナーロスの苦しみなど、互いの思いを吐露し合う。
人はなぜ体を鍛えるのか。まずは、そのことについて深く考える必要があるだろう。体を鍛えて筋肉量を増やしていくことに、いったい何の意味があるというのだろう? 何が私たちを筋トレへと、駆り立てるのだろう? 踊る毛抜と踊るダンベル。シャル・ウィー・ダンス? 程なくして私たちも踊りだす。ワン・ツー・スリー、リズムに合わせて。歌舞伎十八番のひとつ『毛抜』と、三島由紀夫の肉体論が、今、響きあう!
