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2011年夏。仙台市郊外にある幸田家は、大地震で半壊の指定を受け、半年を経ても殆ど手つかずの状態。昼下がりの茶の間で向き合っているのは、福永陶吾と妻の夏苗。夏苗の両親の幸田伸介と渓子、兄の伸也。卓の上には一通の書面。木々の梢を震わす蝉時雨とは対照的に、地震の傷跡も生々しい室内は沈鬱な静寂が支配する。何れの肩にも焦燥感と切迫感、そして徒労感が重く張り付いている。長い沈黙に耐えかねたように話を切り出す
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
機関銃と戦車の登場で大量殺戮が可能になった第一次世界大戦中。塹壕から逃げ出した脱走兵ファッツァーは仲間たちと地下室に潜伏し、革命が起こって戦争が終わるのを待つ。しかし、結末に待つのは団結の失敗と死ーー。ブレヒトが「私のファウスト」と形容し、ミュラーが「ブレヒトの最高傑作」と称揚した未完の戯曲を本邦初上演。オルタナティブロックバンド「空間現代」と地点の初めてのコラボレーション。
―――つかぬことを伺いますが、わたしのこの身体はどこの誰のものですか。現代美術家と手をとり、“ミュージカル・ミーツ・現代アート”と銘打った本作では、よりフラットな視点から舞台、とくに演劇という表現形態が見つめ直された。「主人公の若者が入院中に舞台作品の台本執筆を通じて、青春からの脱却を果たす」という物語のなかで、音楽とともに夢と現を行き来しながら、ドラマならびに劇場空間全体からあらためて演劇の演劇
大駱駝艦の女舞踏手として70年代を共に過した田中陸奥子と古川あんずによる「紅絹(もみ)の会」発足記念公演。「紅絹」とは、 緋紅色に染めた極薄の平絹で、べにばなを揉んで染めることからその名がある。チラシには、アイラ・ガーシュインが作詞した「言い出しかねて(I can't get started)」の訳詞が掲載されている。
ダウンロード数700万突破のイケメン役者育成ゲーム『A3!』。MANKAI STAGE『A3!』シリーズは、その大人気ゲームを原作として2018年に初の舞台化。初演以降、即日ソールドアウトの大人気公演となる。2018年初の舞台化から本作まで6作品を上演。原作で第一部にあたるストーリーを中心に展開。その集大成として、東京ガーデンシアターにてオールキャスト総出演による初のLIVEを開催。全公演、LIV
「喪主の練習をしたい」と言い始めた母。ご近所さんのお葬式がグダグダで本当に酷かったらしく「自分が喪主をする時にああはなりたくない」と近所の葬儀屋と手を組んで一からお葬式を学んでいく。職人気質で頑固な夫、親になかなか言い出せない秘密を抱えた長女、大学受験を辞めようとしている長男。バラバラな方向を見ている家族が、やる気が空回りする葬儀プランナーの指示のもとお葬式のリハーサルをやらされることになるのだが
その川には、龍の女が住むという。舞台は在りし日の東京。川や土と共に暮らす日々のあった頃。氷屋を営み、その財と力で名を馳せたある男と、その一族の物語。その年の氷の味は、初雪の色と龍の機嫌で決るらしい。川面を清める桜を待って、冬の星座が雪を降らす。梳いた黒髪、銀の帯、結んだ小指のその先に。「雪の白さに惑わされてはなりません。冷たく見えても、その下には、抗えないほど赤い血潮が隠れているのでございます。」
コロナ禍の2021年3月に創作した本作は、演出/台詞を全てそっくり同じまま配役の性別を入れ替えたダブルキャスト、2つのバージョンで上演。また、振付に数々の受賞歴のある振付家/ダンサーの黒田育世氏を迎えた。ある冬の朝、主人公がやってしまった「おねしょ」から始まる。いささかの後悔と共に布団を干し、食事をしてから煙草を吸い、風呂に入る。そういったささやかな一日のスケッチが、主人公の一人言と共に描かれる。
佐藤貴史・加藤啓によるオムニバス・コント公演。小林顕作『胸に残る熱い想い』、竹村武司『チョーカー』、池田慎『平和』、徳尾浩司『新しいスポーツ』,またはブライアン『サティカティ』
熱くて切ない新感覚ファンタジーが人気の劇団ショウダウン。今回は荒野に響く撃鉄と硫黄の狂詩曲。北米、ニューメキシコの町に、史実から抹消された一人のアウトローがいた。「最強の臆病者」、決闘の恐怖から逃げ出し、銃を捨てた男を人々はそう呼ぶ。しかし、平和な片田舎の町が野盗の集団に襲われた時、男は一人の少女を守るため、再びその手に銃を取る。「撃鉄の子守唄」、それは失われた物語、それは、失われるべき物語。
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
フリージャーナリスト「市井宗高」が紛争国に入り、消息を絶つ。母「順子」は無事を祈りつつ、毎日お百度参りをし、鶴を折る。宗高の友人で新聞記者の「司由起人」は順子に取材を重ねるが、宗高の妻「実花」は「これは自己責任だから」と言いだし、取材を拒否するよう順子を諫める。そんな折、テロ組織に拘束された宗高の無惨な姿がニュースで流される。一方、由起人には30歳過ぎてなお非正規雇用で苦しい生活を続ける弟「真奈人
昨年上演した『モモンバのくくり罠』で第27回鶴屋南北戯曲賞を受賞し、外部公演への書き下ろしでも高い評価を受けている横山拓也が、iaku初期話題作『流れんな』を全編広島弁に改稿、2024年版として上演
結城雪斎が生きた東京という町と、苦闘した昭和という時代にこだわる物語を作ろうということから齋藤憐と佐藤信の初顔合わせで「昭和怪盗伝」が実現した。おもく暗い昭和のはじめ。鉄格子を挟んだ内と外、ひっそりと生きていた人がいて、笑いとばして、唄いとばして生きた人々がいた―。
結成から10年を機に、過去の作品の場面を抽出し再構成した伊藤キム+輝く未来の集大成的作品。100着以上の古着を舞台美術として吊るし、過去から現在、そして未来へと続く時間の流れをたどる。
五人のダンサーが、暗がりの中、仰向けのまま足を宙にむけて回転させるところから始まる。次第に明るくなるが、この動きは続く。また肩で立ったダンサー達が反り返ってブリッジになり、床に落ちる。足が床に鋭く大きな音を立てる。それを主軸に、手や足でしきりと床をたたく。ダンサー達はこのフレーズを繰り返しながら円環をなす。作品の途中、五人が一列に身体を重ねるように並び、二、三センチというわずかな歩幅で行進する。
『夜中に犬に起こった奇妙な事件』でトニー賞演劇作品賞を受賞した、脚本家サイモン・スティーヴンスによる2人芝居を日本初上演する。『HEISENBERG』というタイトルが示すように、ドイツの物理学者であるヴェルナー・カール・ハイゼンベルクの「不確定性原理」を下敷きにしたこの作品は、「二つの離れた粒子の運動量や相関関係を正確に測り決定する事は出来ない」という意味を男女の関係性に置き換えて語っている。こう
ガラス張りの劇場に沈む太陽と昇る月。《土地の記憶を吸う吸血鬼》をモチーフにしたパフォーマンスプロジェクト「ザ・ワールド」2017作品。東京オリンピックを直前に控え日々変貌する豊洲を舞台に、FALLING GOOD SUN、BAD MOON RISING の2作品を上演しました。1. 跛行者あるいは私たち出演:後藤ゆう、山本晴歌、田端春花、伊藤雅子、中原貴美子、秋山実優、高澤李子、高橋由佳2. 若い
ところは関東のある小都市、某不動産会社のバックアップで、リゾート開発をめざしていた保守党の市長が、愛人宅で急死した。後援会が後継者選びに苦心する間に、反対派閥の県議がはやばやと立候補を宣言し、不動産会社もそっちへ寝返る。あわてた市長派は、大学助教授である市長の娘婿に白羽の矢を立て、東京から呼び戻した。理想家肌の助教授は、教育文化都市の建設を説き、クリーン選挙を条件として立候補を承諾した。ところが選
風景によせて2022
車の窓からいつも見える田園のパノラマ。泉の恵みと人々の営みを感じるこの場所の風景に「つゆ」のような記憶が沁みてきて、やがて川となって流れて行きます。わたしたちはその流れにそって、小さな舟を出します。ほんの小さな、目をこらさないと見つからないような。
幼い記憶から夏みたいなものを引っ張り出してたらいつの間にか朝になってた白い息が空に浮かんで重ねた裏返しとか普段通りの雨とか好きだった気がする嘘だった気がする沢山ある人生の中輝ける場所探せるだけで良いのかもしれないね(ワンダフルライフって なんだろうか)ああ なんか今なら唄える気がするよ一緒に歌ってくれないかワンコーラスでいいんだけど
50年にわたり舞踏家として活動している雪雄子の北国での生活を追う民族誌学映像作品。この映像は森と人、記憶から生命のかたちへの賛歌であり、森羅万象の宿る場で、日常の生活のなかから踊りが生まれる瞬間を記録したものである。2021年、米国地理学会や日本文化人類学会等で上映された。
時代は笑って許せるか?その集団は何度も何度も人々を怒らせた。彼らを怒る人々はせいぜい遠隔的にいやがらせを行うくらいで決してその集団の目の前には現れなかった。怒られた実感のない集団は、自分たちの過ちを忘れまた再び人々を怒らせるようなことをする。怒る人々はますます怒るがその集団を社会から抹殺することはできない。なぜならばその集団には驚くべき愛らしさがあったからだった。━━━第66回岸田國士戯曲賞受賞作
閉鎖病棟の誰かが言った。「アホロートルはネオテニーなんだって。子供のまま大人になるの。幼形成熟っていう。でもたまに陸にあげると、大人に変態する奴も出てくる。その代わり、ウーパールーパーの愛らしさは失われる。どっちがいい?」これは私の叛逆。私は醜くなってでも、この腐った水槽から這い出るのだ。
時は昭和。1964年東京オリンピックの裏で開かれていた、もう一つの『民族の祭典』――その名も【キリンピック】。人間ではなく妖怪がアスリートとして集合する、百鬼夜行のスポーツ大会!この物語は、世界初の妖怪五輪開催に向けて宮内庁の精鋭達が熱く命を燃やす、汗と涙と肉と神秘のドキュメンタリー。
焼け落ちた、豪邸。消え落ちた、記憶。子供たちの、メリーポピンズは何処?1930年代、著名な心理学者グラチェン・シュワルツ博士の豪邸で火事が起こり、博士の遺体もろとも、すべてが燃え尽きた。全身に火傷を負いながら、猛火の中から博士の4人の養子達、ハンス(小西遼生)、ヘルマン(上山竜司)、ヨナス(良知真次)、アンナ(音月桂)を救出した家庭教師メリー・シュミット(一路真輝)。しかし、メリーは失踪。 残され
井伏銀太郎短編集 冬のコレクション
STORE HOUSE Collection Excellent Works Vol.4
2018年上演作をストアハウスコレクションに合わせ再考した舞台。東日本大震災の記憶を留めた和合亮一の『詩の礫』は優れた現代詩であると同時に優れた記録文学である。遊戯空間では震災以後、和合の現代詩『詩の礫』『詩ノ黙礼』『廃炉詩篇』などを繰り返し演劇化してきた。当時の絶望感と憤りを鮮明に想起させる言葉の力により、本公演が、3・11の記憶を呼び起こし、現代社会を再考するきっかけとなることを願う。
第1部「富美男とピン子の泣いて笑って霧の雨」では、梅沢富美男が脚本、構成、演出を担当、さらに劇中では2役を演じる。相手役は舞台では初共演となる泉ピン子が務め、豪華かつ魅力的な組み合わせとなっている。第2部「梅沢富美男歌謡オンステージ」では、1982年に48万枚のセールスを記録し、翌年NHK紅白歌合戦に初出場を遂げた代表曲『夢芝居』から新曲まで、バラエティーに富んだラインナップでお届けする。加えて、
DO-ZAN(動山)
DO-ZAN では、日本のパフォーマンス芸術を学んでオーストラリアに戻ったアーティスト達が、能楽、舞踏、東をどりなどにインスピレーションを得て、それぞれに日本の動きの技術や衣装、キャラクター、詩の豊かさなどを織り込んで非常に個人的な作品を発表した。ゆみうみうまれは「無(虚無の錯覚)」を上演。プログラムノートには次のようにある。息を止め / 霧の中に浮かび / 前の瞬間を見つめ育みながら / 息を「
新長田アートマフィア2022 実録
神戸市長田区の新長田地域を中心に独自の拠点を運営しながら、表現活動を支援する人々の集合体[新長田アートマフィア]。各々の拠点は、病院、クライミング・ジム、古民家、コミュニティ・スペース、多世代シェアハウス、アトリエ、事務所、劇場、自宅のように用途も属性も多岐にわたります。2017年、新長田アートマフィアからダンス部が生まれました。まちに関わる仕事も表現活動のようである、彼らの普段の活動と新作上演と
ルー大柴の魅力は、日本人離れした破天荒な演技ではなかろうか。そのルーツは、高校卒業後にヨーロッパ、アメリカをヒッチハイクした経験から来ているのであろう。路上で馬の釘を加工して、アクセサリーを売りながらの生活はどんな役者修行よりも貴重な体験だったに違いない。帰国後、役者を志し勝新太郎が主宰する勝アカデミー第一期生として小堺一機らと一緒に勉強をする。その後、アンダーグラウンド劇等を経て、関根勤の「カン
ケラリーノ・サンドロヴィッチと緒川たまきが設立したユニット「ケムリ研究室」旗揚げ第1弾公演!俗世知らずのお嬢様と”乞食の王様”、大人のロマンティック・コメディ!
17歳のいずみは、空を飛びたいと願っていました。空を飛べれば、どこか遠く、そう、ネバーランドのように永遠に大人にならない世界に行けると信じていたから……。いずみが空に手を伸ばし飛ぼうとすると、いつしかそこはピーターパンのいる世界、ネバーランドになっていたのでした。ルフィオ、トゥートルズ、エコーの迷子たち、インディアンのタイガーリリー、人魚のビスカ…そしてピーターパン。名前を聞かれたいずみは自ら「ウ
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ユニット美人が2012年に半年をかけて上演した三国志シリーズ(全5話)。三国志お馴染みの武将たちを女性が演じる。「命をかけて誰かを守ったことがあるか?」という謎の声にNoと答えた33歳独身会社員の粥見ひとみは、三国志の部屋に閉じ込められてしまう。元の世界に戻るために漫画版三国志を読み込み、10年間の社会人経験を活かして、三国志の世界で誰かを守るために試行錯誤を重ねるのだった。
色彩シリーズ
震災から10数年後の宮城県沿岸部にある「海の見えるホスピス」で余命宣告を受けた人達が命を見つめる、死と再生の物語。
五百年の眠りから醒めて今よみがえるドラキュラ伝説。相次ぐファッションモデルの失踪!次々と発見される処女の串刺し死体!永遠の愛を求めて殺意と野望が渦まく。血に染まる満月の夜のミステリー。
とりふね舞踏舎旗揚げ公演で1992年に初演され、アヴィニョン演劇祭やニューヨーク、京都上賀茂神社など、国内外で上演を重ねている作品。子を置いて自死した友人の作家・鈴木いづみをモデルに、三上賀代が修士論文で明らかにした「土方舞踏譜」を使って振付・構成されている。例えば前半の「子を抱く幽霊の通過」の舞踏譜は「子を抱く幽霊の通過―流れる首―子を抱く-月光―シーツ-天井の糸―オーイ」。後半の景は「愛の日々
まちなかパフォーマンスシリーズ
演出家・坂田ゆかり、俳優・稲継美保、ドラマー、パーカッショニスト・田中教順。80年代生まれのアーティストが集い、現代の諸問題への関心を、日本の話芸や打楽を用いて共有し、深め、拡げる場を創造します。公演会場は寺。三好十郎の詩劇『水仙と木魚』をベースにさまざまな文学作品の断片、寺を取り巻く地域の記憶、仏教法話を織り込んだテキストと、声、身体、音が共振する特別な時間が生まれます。
『光のない。』に続き、地点と三輪眞弘が挑むイェリネク第2弾。戦争の代替としてのスポーツ、身体から逃れられない人間の宿命を、急傾斜の芝生のフィールドで反復横跳びする俳優たちが表現。ドレミパイプを1本ずつ携えた14名の合唱隊がスポーツに絶対不可欠な観衆を体現した。ギリシア悲劇からボディビルダーまで、イメージを詰め込むだけ詰め込んだ原作テキストを身体を使い切って応えた地点随一の大作。
知っていますか?かつて、呪法劇という学問があったことを。それが、あまりに強大な力を持つがゆえ、歴史の闇に隠されたことを。呪法劇とは芝居をやると言う儀式によって、霊的なるものを地上に降臨させ超常的な力を借りることです。おぼんろは1600年代に残された伝説的な文献を日本で初めて翻訳し、当時の儀式を再現しました。『ゲマニョ幽霊』はロシア・ポーランド戦争が行われた頃、ラマエが描いた物語とされています。誰が
新作ミュージカルのトライアウト公演。第一次世界大戦のパリを舞台に、サーカスを脱走した蚤のジル・ド・レが猫のベラとともに、娼婦・クリステルと兵士・ルベンの恋を見守る。
パワハラが起きてしまった劇団の稽古場とアルバイト先の往復で疲れ切ってしまった青年を主人公に、どうすればそんな厳しい毎日から抜け出すことができるのかを描いた「ハラスメント・コメディ」
いつ高シリーズ
本作は「いつだって可笑しいほど誰もが誰か愛し愛されて第三高等学校」が舞台の連作群像劇です。教室、下駄箱、屋上、図書室、学内のあらゆる場所で「まなざし」をテーマに様々な物語を発表します。俳優はシリーズを通して同じ登場人物を演じ、作品ごとに主人公が代わります。学内で起こる小さな事件の”ここ”と”あそこ”がまなざしで繋がれてゆき、シリーズ全体で大きな物語となっていく様をぜひお楽しみください。
大野一雄に捧げるアルバム「The Crying Light」をリリースし、大野一雄をミューズと慕うアントニーが来日。大野一雄の映像「O氏の死者の書」と、一雄の次男で舞踏家である大野慶人との共演を果たした。後にイギリス、ブラジルでも上演を重ねた。
CREATIO ATELIER THEATRICAL act.01
舞台は蛙の世界。人間の投げ込んだ石が陰謀ではないかと騒ぎ出す蛙たち。アオガエルはアカガエルと戦争をしていて、大量の捕虜が幽閉されていた。デモプリ党なる保守政党はアカガエル国家と理念を同じにしているカプリ党の謀略とすることによって、カプリ党の党勢を削ごうと画策する。おりしも、アカガエル国家の捕虜を帰還させようとする運動のころ、カプリ党の党首がアカガエル国家に「立派な理念を持ったアオガエルにして帰還す
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若き編集者・福島は運命の夜を迎えていた。今夜中に原稿を取ってこなければ、クビになるのは間違いない。彼が原稿を取りに向かうのは3人の作家。その名も、宮澤賢治、太宰治、中原中也。果たして作家たちの新作は無事に書き上がるのか。そもそも福島は、なぜ作家たちに会っているのか。抜きさしならない長い一夜の夜明けが近づいてくる。
死んでしまった同級生のお墓の周りで、授業をサボって毎日を過ごす女子高生達。同級生が生きていた過去の日々と時間を交錯しながら、それぞれの思いの交錯も描く。そんなある日、ひょんなことから同級生が蘇り...。
(フライヤーより)いたずら好きのピノキオに、まわりはいつもてんてこまい。ピノキオを作ったジェペットじいさんも、ピノキオにだまされて大あわてです。そしてついには他の童話まで壊し始めたからもう大変。でもピノキオは、ただ本当の子供になろうとしただけだったのです…。
松井周の標本室 回遊型展示 標本空間Vol.1 無選別標本集
劇作家・演出家 松井周が主催するスタディ・グループ、<松井周の標本室>メンバーの発表の場として企画された、回遊型展示 標本空間Vol.1 無選別標本集で上演された、金子岳憲の1人芝居。コロナ禍を過ごす俳優。「自分は社会の余り」だと感じる日々の中で突然光合成ができるようになる。進化した人類として持ち上げられ、束縛の強い恋人と離れ、自分らしく生きようと決意する中、陰謀論者が近づいてくる・・・これはAI
「真の美しさや人間的感情を求める人生が、虚栄の美しさや幸福を暴力的に求める存在によって破壊され犠牲となっていく社会」という主題に光を当て、2つの世界が互いに理解共存することが不可能であることを通して、人間はいかに共存していくべきなのか?という問題に切り込む。ワーニャは長年セレブリャコーフの活動を支えてきたが、彼が定年退職しその無能さが明らかになり、今までの自分の献身が全くの無意味だったことを知る。
(フライヤーより抜粋)生命を吹き込まれた人形と役者が、青山円形劇場の完全円形の舞台空間に姉妹の女の情念を鮮烈に描き出します。何が妄想で何が真実なのか?「モノ」は観る者を時間と空間の彼方の迷宮の世界へと誘うことでしょう。
土岐は1963(昭和38)年、金融業者の武市浩蔵は妾駒代の家で急死する。報せを聞いて本妻の松子と浩蔵の妹タキが駆けつけた。お互い’カボチャ婆’”電気クラゲ’’キツネ’と陰口をきいている三人の遭遇である。四十九日も無事に済ませ松子は一安心するも、タキが兄の家に住むのは当然と押しかけてきた。さらには駒代も新橋の料理屋の普請が済むまで部屋を貸してほしいとこれまた居座ってしまう。かくして本妻と妾と小姑、一
ミュージカル 『フィスト・オブ・ノーススター~北斗の拳~』
2.5次元ミュージカル/舞台
「国生み」神話を題材にした、短編演劇作品。劇団しようよの大原渉平が脚本を、ツクネル tsukuneruの西井桃子が演出を担当。出演者・その他スタッフも、KAIKAにゆかりの深いメンバーで上演した。ワイルダー『わが町』オマージュして、イザナギとイザナミが国を生んでいく日本の創世神話を現代劇にアレンジした、私たちの「わが町の物語」。
サンキュー手塚ソロライブVol.18
パントマイムエンターテイナーであるサンキュー手塚。年に1度開催しているソロライブの18回目。博士が作る、一見役に立たないようなロボットがあるキッカケで暴走し、街を破壊していく。ロボットの暴走を止めるには、世界のリーダーたちが一堂に会し話し合う必要がある。2020年7月に開催予定だったソロ公演を、コロナ禍のため9月に延期。その間に2020年の状況をも示唆するような脚本に書き換えて上演した。
小さい頃からぐうたらで、酒を飲んでばかりのトホホな放蕩息子・ジュジュマン。ある日、とびきりウマーいやし酒を造るヤシオーが死んじゃった。そのヤシオーに会いにいくため、森と夜と奇々怪々な世界へ足を踏み入れ、困難に向き合いながらも歩き出す。自分と出会い、未知なる道ゆく旅路の果ては、一体何処に辿り着くだろう?生と死と、人と精霊、この世とあの世、森と夜と世界の果てへの冒険劇!