作品ノート:
we are son! we are sun! we are song!
という風に叫んでいる。立っている。走っている。作っている。動いている。浴びている。笑っている。
怒っている。起きている。
僕や、あなたや、その人や、そのこと。
を、どうしたら生きている最中に取り込むことができるのでしょうか?
機関車が走り出した時、かいじゅうが火を吹いた時、スクリーンに映画が投影された時、
きっとそこに歌と踊りがあって、
いつももう一回、会いに行く準備出来ている?いや、なんもいらない。
あれ!上に太陽!ok!
We are!!
演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
1913年に創建された倉庫をリノベーションした文化施設。コンセプトは「芸術文化の創造発信」と「賑わいの創出」。コンテンポラリーダンスやアートを柱に、新進アーティストを世界に発信している。フレキシブルな機能を持つホールとギャラリースペースを有し、ダンス等舞台芸術公演や展覧会、屋外広場でのイベント等を通じて横浜の文化と観光のハブ機能を担う。
作品ノート:BANANAりんごはどれですか?バナナをさす。母親は言葉を失った。人の思いは、心の中で像をつくり、音と結びつき、言葉として発せられる。母親が笑う、私も笑う。ただそれだけのことだ。
先日、行きつけの店の店長さんに散髪してもらっていた時、髪を「切る」に対し過不足なく「切って」いて、そうかと思い当たったことがありました。張り切るでも慣れるでも緩むでも表現するでも好き嫌いもなく、ある動詞を過不足なく体現することは実際とても難しい。日々同じ動詞に向き合う中で、飽きず過不足ない状態に辿り着くことについて、考えるところがありました。以前ジャズピアニストが、究極のドミソが弾けたらと話してい
2011年3月、原発事故の後にネット上に流れた“放射能から身を守るための対策法”の一つに、“米のとぎ汁乳酸菌”があった。おならをする度に“お、やっているな”と思う。日本語では“屁をする”だけではなく“屁が出る”ともいう。確かに“屁をする”ではなく“屁が出る”だ。内発的な欲求は屁のように出る。芸術の目的は人間を健康にすることだと思えば、あながち突拍子もない連想ではない。
作品ノート:日々、悶絶しております。 いえ、悶絶のてまえ一歩でもんもんと。 しかし、その一味 意外と美味しいかも。 3000円くらいの自己肯定、味わっていってください。
