高齢により大きな会場まで出向いての公演が難しくなりつつあった頃、大野一雄は横浜にある自宅に隣接する稽古場で舞踏の会を持つようになった。本映像はその第一回公演。大野一雄は92歳。稽古場に客席ひな壇を仮設し、各回60人程度の観客を対象にした。大野一雄の踊りを近くで見ることを目的に、2001年7月まで不定期に開催した。
演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
1949年大野一雄現代舞踊第一回公演を機に設立され、1961年に横浜市保土ケ谷区に稽古場が建設された。以来、大野一雄、大野慶人の創作の場として数々の作品を生み出すと共に、公演、ワークショップ、出版などの事業主体となって活動の基盤を担ってきた。
1999年、大野一雄は第1回ミケランジェロ・アントニオーニ賞を受賞。ベネツィア・ビエンナーレで「セレブレーション:大野一雄作品アンソロジー」として2日間の公演が行われ、1日目の終演後に舞台上でそのまま授賞式が行われた。大野一雄の代表作である「ラ・アルヘンチーナ頌」「わたしのお母さん」「死海」等から数曲を抜粋したアンソロジー公演である「セレブレーション」と、授賞式を収録。
大野一雄全作品上演計画第5回公演。1990年5月、イタリアのクレモナ市立ポンキエッリ劇場の委嘱作品として初演された。クレモナの工房を訪ね、樹木の選定から一挺のリュートが作られる工程を見て、日本人の自然観「花鳥風月」に想いをはせた作品。
大野一雄フェスティバルで観客の楽しみのひとつとなっていた、横浜の街を移動しながらダンス公演を観覧する「横浜ダンス界隈」。2008年は「移動シアター/DoCodeMo System」を導入、伊勢佐木町から新港埠頭までの日常の場を「劇場」に転化した。
大野一雄を世界的舞踏家に押し上げた代表作。1977年初演。「ラ・アルヘンチーナ」とはスペイン舞踊の革新者として知られるラ・アルヘンティーナ・アントニア・メルセのこと。大野一雄が1929年に帝国劇場でメルセの来日公演を見たときの深い感動が創作の源となっている。「頌」は讃えるの意。
