第1回大野一雄フェスティバル(2004)参加作品。解体され再生中だったレストラン相生での特別公演。加藤郁也詩集『形而情學』による高井富子の「形而情學」シリーズは土方巽の演出で1967年に始まり、土方を始め大野一雄や笠井叡も出演した。
演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
1949年大野一雄現代舞踊第一回公演を機に設立され、1961年に横浜市保土ケ谷区に稽古場が建設された。以来、大野一雄、大野慶人の創作の場として数々の作品を生み出すと共に、公演、ワークショップ、出版などの事業主体となって活動の基盤を担ってきた。
大野一雄舞踏公演
東京国際舞台芸術フェスティバル参加作品。織部賞グランプリ受賞記念公演。前年に臀部を打ち、一人で歩くことが困難となった大野一雄が、時に大野慶人に支えられ、時に座ったまま、命を踊る。大野一雄単独の劇場公演としては、これが最後の舞台となった。
舞踏家・大野一雄が100歳を迎えた2006年10月から1年間は「大野一雄 100歳の年」として展覧会や公演など世界各国で様々な100歳を祝うイベントが開催された。中でもガラ公演「百花繚乱」にはピナ・バウシュの映像出演を含め国内外から実に23組の踊り手が集結、2日間にわたり密度の濃い舞台が繰り広げられた。両日ともカーテンコールには大野慶人の押す車椅子で大野一雄が登場した。以下は、第二夜の出演者とその
劇団民藝の北林谷栄を中心に活動していたと思われる「しのぶ会」第2回にて、大野一雄が2作品を踊った。「一艘のカヌー桜の木の下を往く」は白石かずこの詩を下敷きにした作品で、この年の2月にあった江口隆哉の追悼公演でも上演している。リスト作曲「愛の夢」は主に大野一雄の代表作「わたしのお母さん」の最後に踊られるが、一曲踊るという機会には度々選ばれた曲である。
quick silverとは、水銀のこと。元は日本郵船の倉庫だったコンクリート壁と柱だけの何もない空間で、銀色に光るカラダと場との対話が繰り広げられた。後に室伏鴻の代表作へと育っていく「quick silver」の初演。大野一雄フェスティバル2005参加。
