明治45年夏、福岡県糸島郡今宿の海辺の家でノエは進退窮まっていた。東京の女学校卒業後に決められていた結婚が嫌で飛び出したのが春の終わり、恩師だった辻潤のもとへ身を寄せ、「青鞜」の平塚らいてうと出会い、離婚のため戻ってきたが親族はみな猛反対。東京に戻る金もなく針の筵だったある日、「どうせ死ぬならケエツブロウよ、かなしお前とあの渦巻へ―」と謎の文句を残して消えたノエ…。伊藤野枝激動の生涯を、生まれ故郷