明治45年夏、福岡県糸島郡今宿の海辺の家でノエは進退窮まっていた。東京の女学校卒業後に決められていた結婚が嫌で飛び出したのが春の終わり、恩師だった辻潤のもとへ身を寄せ、「青鞜」の平塚らいてうと出会い、離婚のため戻ってきたが親族はみな猛反対。東京に戻る金もなく針の筵だったある日、「どうせ死ぬならケエツブロウよ、かなしお前とあの渦巻へ―」と謎の文句を残して消えたノエ…。伊藤野枝激動の生涯を、生まれ故郷の実家を舞台に描く。
劇団俳優座に在籍していた10名の若手俳優たちが日本の現実を反映させた創作劇の上演を強く願い、1954年劇団青年座を創立しました。現在劇団員と研究生をあわせ約200名が所属。創作劇の他、海外現代戯曲、過去の秀作等、幅広いレパートリーを有しますが、創立からの基本理念は変わることはありません。今後も日本の創作劇上演を柱にした公演活動を続けることによって日本演劇の民主的発展に寄与し、舞台芸術を通して日本文化の向上をはかることを目的として活動します。
“雀の子 そこのけそこのけ 御馬が通”俳人小林一茶を知らない人はいないだろうが、人間小林一茶を知る人は少ない。十五才で信濃柏原から江戸に出た後の行動は謎に包まれたまま、いつしか俳諧の道で頭角を表してくる。ようやく五十二才で結婚するが、いとしい子たちは次々とこの世を去るのだった。“蝉鳴くや つくづく赤い 風車”だが一茶の人生は大きくうねりつづける。江戸と信濃柏原、二つの土地の間で一茶の愛が、欲が、生
現代スペイン演劇連続上演No.1
あぶない時代とあぶない街には美しい物語が潜んでいる。この物語は80年代後半のマドリッド旧市街に生れた現代のスペイン論であり、長い牛睡から覚めた現代のウエストサイドストーリーである。
ロシアを中心とした三国干渉により、朝鮮半島での影響力が弱まった日本は、新公司として三浦梧楼を赴任させる。1895年10月8日、三浦を中心とした「暗殺団」が朝鮮王朝の王妃を殺害した。この乙未事変は、その後の朝鮮半島の侵略・植民地支配の大きな節目となった。韓国・朝鮮人には決して忘れることのできないこの事件を日本で知る人は少ない。外交史上他に類をみない蛮行をめぐって繰り広げられる人間模様を描いた作品。
慶応二年冬、駿州清水仲町次郎長宅から祝言の歌が聞こえているが、現れた若い渡世人綾太郎は甲州黒駒一党の不穏な動きを告げる。次いで現れた新徴組取締役山岡鉄太郎が徳川の為に一肌ぬげと次郎長を口説くがはねつけられる。婚礼の夜は一転血しぶき散る修羅場となった。宿敵の出入は多数の死者を出して一旦おさまるが、次郎長の怒りはやがて伊勢荒神山の決闘へと発展する。喧嘩出入りに明け暮れる次郎長だが、時代は江戸から明治に
