Dance New Air 2014
Dance New Air 2014
「アソビ」とは大人のゲーム。人生の贅沢な楽しみ。冒険、争い、 競争、芝居、ダンス、セックス...快楽、解放、高揚に身を委ねるあ らゆる行為。日本においてそれは男にだけ許された行為。女は そんな無駄な行為に身をやつすことなどできない。
『ASOBI』は、ポルノグラフィーにしろフェティシズムにしろ、ある いは劇場で見るお芝居にしろ、そうした大人のゲームが基本的 に「のぞき」によって成り立っていることを暴こうとする。単に フェミニズム的な省察にとどまるのでなく、一方向的な「のぞき」 の行為のその先の、他者の視線に自己を曝すのだという自覚の もとに踊る人間の身体の、傷つきやすさ、動物的な降伏を暴き 出そうというのだ。
舞 台には4名 のダンサー(女 性2名、男 性2名)、そして大きな
鏡。観客はそこに映る自分の姿と対面する。 「アソビ」が描く退廃的なエロチシズムの宇宙は、一部、フランス
のシュールレアリズムの作家であり映像作家であるジャン・コク トーの、ビザールで複雑な視覚言語に触発され、またフランスの 作曲家ギョーム・ペレとマリベル・ドゥサーニュによる音楽は、ジャ ン・コクトーと同時代に活躍したクロード・ドビュッシー (1862-1918)やモーリス・ラヴェル(1875-1937)といった作曲
家たちの作品にインスパイアされている。
演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
2年に1度、東京・青山で開催しているダンスフェスティバル 。劇場でのダンスパフォーマンスの他にも、ダンスフィルムの上映、ブックフェア、屋外パフォーマンス、ダンスショウケースなど、ダンスとの出会いを多面的に提案している。
屋上から見える風景は、向こうの山とつながっている。巨大な空気が、その隔たりを埋めている。はるか遠くの山のきわに、この目の先が通り着く。小さく立っている、螺旋階段の貯水塔。貯水塔は本当は小さくなんかないのだ。階段を登る人がいる。その人と私とが、同じ空気でつながっている。一直線。ひと連なり。その人は、そのことを知っているのか。その人が吸う息は、私が吸うのと同じのか。隔てるもののなにひとつない、この隔た
Dance New Air 2016
「ディクテ」とは 韓国系アメリカ人アーティスト、作家であるテレサ・ハッキョン・チャにより1982年 に出版された叙情詩的実験書。多様な文体による文章、図案、写真、他言語を用いて、テ レサ・ハッキョン・チャ自身、チャの母親、朝鮮独立闘争3・1に関わったユ・グアンス ン、カール・ドライヤー監督の無声映画におけるジャンヌ・ダルク、19世紀カソリック 教徒聖女テレーズ・マルタンなどのメタファーを行き来し、
Dance New Air 2014
幸せとは。無意識でも意識的でも、選んだ結果で今がある。 「赤い靴」を選ぶ人生、選ばない人生。「赤い靴」を履かずにいられない欲望の源は、何にあるのか、「赤い靴」に焦点を合わせない女は、何に怯えているのか。思いも掛けないきっかけで、もともと眠っていた種は目を覚ます。 女は無意識に危ないことを知っている。 それを幸せと呼ぶのか、呼ばないのか。
Dance New Air 2018
ある一定のルールと空間の中でスポーツが行われるように、小林は本作の中で自身のフィールドを構成する。性的な偏見や性差別的な筋書きに支配された人間により制限されることのない、自由なスタジアムをギャラリー空間に表すことを目指している。小林が問いかけるのは、危険と安全の狭間に立っている身 体的職業のどこに、その自由が存在するのか。運動競技における身体と、アーティストとしての身体、その双方のプロフェッショ
