作品ノート:
日々流れる時間の中で、身体は時間とどのように関わり、どのような影響を受けているのか?
人は生まれた時から時間とともに、死に向かって進んで行く。
この作品は、そのような身体が持つ時間の流れをテーマにしている。
今回、時間を表すものとしてビートが最初に頭に浮かんだ。
そしてこれを時間を表すひとつのキーワードとして、作品作りをしました。
身体には心臓の鼓動、ビートがある。人は生きている限り、鼓動は休む事なく動き続ける。
死をむかえて鼓動は止まり、身体の持つ時間も止まる。
人が生きている時間、というのもまたこの作品のひとつテーマになっている。
身体のなかで鼓動というものは深く時間と関わっている。
ビートから感じる身体のリズムや運動性をベースに動きを作る。
動きはどのように時間と溶け合うのだろうか?
演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
1913年に創建された倉庫をリノベーションした文化施設。コンセプトは「芸術文化の創造発信」と「賑わいの創出」。コンテンポラリーダンスやアートを柱に、新進アーティストを世界に発信している。フレキシブルな機能を持つホールとギャラリースペースを有し、ダンス等舞台芸術公演や展覧会、屋外広場でのイベント等を通じて横浜の文化と観光のハブ機能を担う。
作品ノート: ああ、夏なのか、冬なのか。そんなどうでもいいこと今はなくて。若くても若くなくても関係なくて。ここにいるのは僕なんです。そうです、かけがえのない僕なんです。少なくとも君ではない。ああ、あの青がまぶしいな。それが嘘だとしてもきっと誰も気に止めないだろう。でもホントにまぶしいから、少なくともそう感じるから僕は叫ぶんです。街の中で、電車の中で。光の中で、君の胸で。心の底から目に見えるように。
[作品ノート]闇に小さく光る、夜中のエアコン運転ランプをみあげる。窓から雪みる犬。いつもひとつきりの、そのカタチのゆくすえを。シーツに広がる雪原、ひとがたキエル。 *トンネルの中、走るからだに目隠ししてみえない百目で走ります。
作品ノート:二人のダンサーが、四本の柱と一枚の板を用い、様々な関係の可能性を試行する。立つ・倒れる・寝るなどの、単純な動きの機能を媒介にして、体が物質と等価に扱われる。繰り返される動作=作業と、木材と体を床に打ちつける音の反復は、目と耳にこだまし蓄積する。ダンサーが非人間化し、体の具体性がリズムとフレーズに奉仕する時、“syzygy”は見るものに抽象的な世界の手触りと、興奮を与える。
[作品ノート] 消滅願望消えるということ そこに在ったということそこに在ったということ 確かに在ったということ
