日本国憲法を自分のカラダの「骨格」であると直感した笠井叡が、憲法は常に至上の「理想」に貫かれているべきとの自身の想いに、ひとつの「カラダの形」を与える。大野一雄フェスティバル2013での初演後も、時代に呼応しながら再演を重ねている作品。
演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
1949年大野一雄現代舞踊第一回公演を機に設立され、1961年に横浜市保土ケ谷区に稽古場が建設された。以来、大野一雄、大野慶人の創作の場として数々の作品を生み出すと共に、公演、ワークショップ、出版などの事業主体となって活動の基盤を担ってきた。
1999年、大野一雄は第1回ミケランジェロ・アントニオーニ賞を受賞。ベネツィア・ビエンナーレで「セレブレーション:大野一雄作品アンソロジー」として2日間の公演が行われ、1日目の終演後に舞台上でそのまま授賞式が行われた。大野一雄の代表作である「ラ・アルヘンチーナ頌」「わたしのお母さん」「死海」等から数曲を抜粋したアンソロジー公演である「セレブレーション」と、授賞式を収録。
大野一雄全作品上演計画第5回公演。1990年5月、イタリアのクレモナ市立ポンキエッリ劇場の委嘱作品として初演された。クレモナの工房を訪ね、樹木の選定から一挺のリュートが作られる工程を見て、日本人の自然観「花鳥風月」に想いをはせた作品。
舞踏の最初の作品とされる「禁色」初演から50周年を記念して、大野一雄フェスティバル2009にて同作を徹底解剖した三日間の第二夜。「禁色」初演で土方巽の相手役だった大野慶人と若松美黄との踊りの他、細江英公を交えたトークで当時を振り返る。
大野一雄に師事していた研究生と大野一雄との群舞作品。1980年に大野一雄が海外デビューを果たしたナンシー国際演劇祭にて初演された。ひと月以上に渡るヨーロッパツアーからの帰国後に横浜の稽古場にて数人に披露されたものと考えられるが、上演日付は不明。ナンシー国際演劇祭のプログラムから把握できる配役は次の通り。胎児・馬:大野一雄 / 死神:池部篤治 / 太陽:中村森綱、秀島実 / 太陽を生む狂女、胎児の母
