紀尾井たっぷり名曲 義太夫
紀尾井たっぷり名曲 義太夫
「伊賀越道中双六」は赤穂浪士・曽我兄弟仇討とあわせて天下三代仇討の一つといわれています。「沼津の段」が有名ですが、「岡崎の段」は、山場の一番です。助太刀の政右衛門は雪の夜岡崎で関所を破り、旧師に救われます。そこへ別れた女房お谷が乳呑子をつれて門までたどりつきますが、政右衛門は義のためわが子を刺し殺す悲劇を描いた文楽屈指の難曲です。確かな技と感性が魅力の竹本千歳太夫と豊澤富助が語りきります。
演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
日本製鉄文化財団は、紀尾井ホールを拠点に音楽分野(洋楽および邦楽)における音楽家の育成、演奏会等の開催、優れた音楽活動に対する支援を目的として1994年に設立されました。クラシックコンサートホール(紀尾井ホール800席)、日本の伝統音楽専用ホール(紀尾井小ホール250席)において、当財団はホール専属のオーケストラである紀尾井ホール室内管弦楽団の運営を始め、クラシック音楽、日本の伝統音楽公演の企画・制作等を行っています。これらを通じて我が国の音楽文化のさらなる発展に寄与することを目指しています。
邦楽 華麗なる技
邦楽の「技」と通じてその楽しさを堪能するシリーズ。歯切れ良い言葉と三味線の明確な音色が特徴の常磐津節は、歌舞伎の音楽として重要な要素を担いつつリズミカルで軽妙な面も持ち合わせています。江戸の人々が好んだ常磐津節の魅力を存分にお届けします。鼎談 常磐津清若太夫、常磐津一寿郎、前原恵美「宗清(恩愛瞔関守)」 浄瑠璃 常磐津清若太夫、常磐津光勢太夫、常磐津若羽太夫、常磐津松太夫 三味線 常磐津一
江戸三味線音楽の変遷
幕府が開かれた後の江戸の三味線音楽がどのような変遷を辿ったのか明治9年(1876)から明治21年(1888)まで明治に入って年号が変わっても人々の意識がすぐ切り替わるわけではありません。まだ華やかに色濃く江戸の存在を残していた明治33年(1900)までを2回にわたって取り上げます。お話 竹内道敬常磐津「戎詣恋釣針(釣女)」(1883年) 浄瑠璃 常磐津初勢太夫、常磐津光勢太夫、常磐津千寿太夫、
当代の至芸を、芸談と演奏で余すところなく存分に堪能する「きく会」地歌・生田流箏曲 米川文子の柔らかい音楽性と高い技術による魅力あふれる公演「八段の調」 箏替手 米川文子 尺八本手 山本真山「楓の花」箏本手 米川文子 箏替手 米川敏子対談 米川文子、徳丸吉彦「残月」三弦替手 米川文子 三弦本手 富山清琴
江戸音楽の巨匠たち~その人生と名曲
今日の私たちに伝えられてきている「江戸音楽」を、その時代にあって創り、育んだ巨匠たちに焦点を当てたシリーズ。第2回は江戸音楽のルーツと中興の祖 初世都一中 五世都一中対談 竹内道敬、徳丸吉彦 「お夏笠物狂」 浄瑠璃 菅野序恵美、菅野序芙美 三味線 菅野序枝、菅野序春「傾城浅間嶽」 浄瑠璃 都乙中、都了中 三味線 都一中 上調子 都勝中