主宰の芙二三枝子(1923-2018)は、石井漠、江口隆哉、小林宗作に師事し、1955年、東京目白に芙二三枝子舞踊研究所を設立。独自のメソッドを開発して舞踊家を育成しながら、精力的に創作活動を展開。国内及びアメリカ、イギリス、中国、インドで公演。社会派作品「異郷人」(61年)、「駈込」(62年)、「そこから」(68年)、宇宙や生命をテーマにした作品「土面」(72年)、「巨木」(73年)、「青坐」(76年)、環境問題を捉えた「幻森林」(90年)など、芙二三枝子の名作は、今日まで再演、継承されている。
苦悩し、自由への脱出を決行する女の行動をテーマに、その心情を踊り上げる芙二三枝子のソロ作品。1962年初演。テーマは駈込み寺である鎌倉の東慶寺にちなむ。遠藤琢朗のテキストを鶴澤燕三の作曲で現人間国宝の竹本住太夫(当時は竹本文字大夫)が語り、「古井戸、道、ひでり、雨、風、雪」という場面展開を踊った。本映像は1968年3月の芙二三枝子創作舞踊公演で上演された時のもの。
真の平和への願望に〈自転〉の着想があり、人間の生命力を尊く、愛おしいと思う心で創作された。男でも女でもない、ニュートラルなものとしての<人間>の群れ。危機にのぞんだとき、不死鳥のように底力を出して生きる人間。前進、安らぎ、喜怒哀楽、危機、痛みを経て、また前進するという場面を通じて人間の群れにひそむ尊い力をみつめ、自転する人間の姿を踊る。1967年11月初演。
自由を求める魂の音楽、黒人霊歌(ゴスペル・ソング)と共に、重圧下の人間の叫び、祈りを描いた作品。1968年初演。差別の只中に身を置いて、"そこから"一歩前進する覚悟を持つアメリカの黒人達への連帯、彼等の音楽に感じた心のふるえから作品が創り出された。まだアフタービートにのることに馴染みのない時代で、音楽に誘われてスタジオにふらっと入ってきた一人の黒人音楽家の腰を実際に触らせてもらい、踊り手達はその歩
すべてのものに光を注ぎ、輝かせ、西空の雲を金色に染めて沈んでいく太陽に、若人は呼びかける。1968年初演。「芸術の先生は自然だ」と父から教わった芙二三枝子は元々「太陽」が好きだったが、人間界の煩わしさから宇宙にテーマを求めた60年代に改めて「太陽」というテーマに目覚め、66年には大作「太陽風」を発表している。また68年は“踊りはすべての人のもの”という考えを核に門下生やその教え子の子供達との合同公
