幽霊達の駅・京都駅地下鉄清水線。その十二番出口にあるコインロッカーのことを、兄弟は『母』と呼んでいる。二人は十八年前、このロッカーに捨てられていた赤ん坊だった。閉鎖していく幽霊の駅を舞台に、生きる者と死んだ者の「駄々」を描く群像劇。
パンチドランカーとなり引退したボクサー・無口は、寝たきりの 人々の家を巡る「殴られ屋」を生業にしていた。ある日寝たきりの女・わたげに殴られたことをきっかけに、無口は痛みを感じなくなってしまう。同じ街のコールセンターでは通販サイトのクレーム処理部門で働く青年・寝々が、山から降りてきた熊を銃で 仕留めることを夢見ていた。バラバラだった彼らの物語は「動物園の熊を安楽死させる」という情報が流れたことで、急
何かを盗みたい時は、最初に必ず、信用させるんだ戦争が激しくなる中、祖母の家に疎開した双子。しかし祖母は二人を労働力として酷使する。双子はこの悪夢を生き抜く為に、自らの精神と身体を鍛え始める。戦況は厳しくなるが、双子は靴屋・将校・神父など様々な人間に助けられ、時には利用し合って生き延びていく。そして戦争が終わり、父が訪ねてきた。その時、二人のとった行動とは。
その男に世界が注目する。メールボックスには数多の言語が飛び交い、オフィスには世界中からやってくる。その理由はただ一つ。彼が世界最高峰のクリエイティブ・ディレクター。であるということ。
隆盛の世、古都。後世にその名が残るか、否か。和歌集の編纂と友情と嫉妬と葛藤とをかしさと。“吾と汝の和歌性の違いであるぞ”栄華極めし歌人たちの、雅なる物語。
一人のマダムの華麗なる人生が、幕を閉じようとしているその夜、屋敷に集まった家族や友人、知人たちマダムはゆっくりと、思い出を語り始めるその人生はやはり華麗だった
ロンドンの方で上演された「男たちの番か?(原題:Men’s Turn?)」。日本人キャストによる日本版が上演されている。今日は昼と夜の二公演。マチネが無事に幕を降ろし、ソワレが幕を開けた。おかしい。聞こえてくるはずの台詞が聞こえてこない。代わりに聞こえてきたのはバウンダリーマイクすらも拾わぬ微かな寝息。彼、本番中の舞台の上で寝ているじゃない。
ここは 1960 年代のようなアメリカかもしれない。一人の経営者が離婚を発表した。機に、誰もが恋し恋される愛の当事者になった。女は言う。 「このタバコの煙はやがて消えるけど、私の想いはずっと消えないわ」男は言った。 「灰になるほどに燃えるような恋をするっていうのは?」 男と女の恋模様はいつだって煙の中だったのさ。スラステ初のシンギング・スーパーロマンティックコメディミュージカル!
プロ野球投手の地元にて、TVクルーが出くわした衝撃。狂気か? ファンタジーか? それとも彼らに真実が。掘り下がる記憶、溢れ出る優しみ。投手そっちのけで進むドキュメンタリー。ヨーロッパ企画初期の傑作、愛慕と郷愁のサイココメディが14年ごしに土から隆起! ゴーレム、久しぶり。
19世紀ロンドンに、人をさらう怪人「人攫(さら)いジャック」が現れた。次々と人を攫って行くジャックの正体は誰なのか。何が目的なのか。スコットランドヤードのオルソップ警部は捜査に乗り出したが、街の人々の推理合戦に巻き込まれていき…。25周年を迎えたヨーロッパ企画がお送りするミステリコメディ。
