大航海時代、新旧両大陸を舞台にした「禁じられた恋」の壮大な物語
『繻子の靴』は、詩人・外交官で、大正年間に日本にも駐在したポール・クローデル(1868-1955)が、1925年に東京で書き上げた集大成的な戯曲で、「四日間のスペイン芝居」と副題された、リヒャルト・ワーグナーの『ニーベルングの指輪』四部作に匹敵する規模の「世界大演劇」です。新大陸のコンキスタドール(征服者)ドン・ロドリッグと、すでに人妻であった若いスペイン貴族の女性ドニャ・プルエーズとの間の、地上では結ばれることのない《禁じられた恋》を主筋にし、新旧両世界に展開されます。
タイトルの『繻子の靴』は、夫の守るアフリカの要塞へ出発する前に、館の門の上に祀ってある聖母像に、自分の片方の靴を捧げて、「悪へと走る時には、片方の足が萎えていますように」と祈る感動的な情景に由来します。「クローデル詩句」と呼ばれる長短入り混じる独自の自由詩形で書かれた台詞の迫力、その劇作術上の実験と並んで、演出面でも、世界の様々な舞台芸術を活用した極めて野心的な作品で、1943年のジャン=ルイ・バローによる上演版の初演以来、二十世紀フランス演劇の一つの頂点と見なされています。
本作は、渡邊守章による翻訳・構成・演出で、2016年12月に日本初演で上演しました。
あらすじ
◆「一日目」
アフリカ北西海岸の総司令官であるドン・ペラージュの若い妻ドニャ・プルエーズは、ふとした偶然から出遭った騎士ドン・ロドリッグに激しい恋を抱いているが、結婚の秘蹟に妨げられて、恋を遂げることはできない。年老いたペラージュは、臣下ドン・バルタザールの警護のもと、わざとプルエーズを遠方に派遣しようとするが、プルエーズはまさにその機を利用し、ロドリッグのもとに走ろうとする。だが、ロドリッグは偶発的に起こった戦闘で重傷を負い、二人の出会いは挫折する。
◆「二日目」
生死の境をさまようロドリッグを介護する母ドニャ・オノリアの館で、プルエーズはあえてロドリッグに会わない決断する。ペラージュは、「一つの誘惑に加えてさらに大きな誘惑」を与えるべく、プルエーズを、彼女に焦がれるもうひとりの男、背教者であるドン・カミーユが守備するアフリカ・モガドール要塞へと出発させる。国王からプルエーズへの帰国命令の親書を託されたロドリッグは愛する彼女を追うが、プルエーズはロドリッグに会うことを拒絶する。
◆「三日目」
夫ペラージュが死に、プルエーズは、アフリカ西海岸の守備のため、カミーユとの結婚を選んだ。しかし、その折に書いたロドリッグ宛の手紙は、10年間地球上をさまよった挙句、ようやくロドリッグの手元に届く。すでに夢のなかで守護天使と対話し、〈自己犠牲〉を受け入れることを選んだプルエーズと、背教者カミーユとのあいだの息詰まる対決。「禁じられた恋」を遂げるため、船団を組んでモガドール沖に侵攻した征服者ロドリッグと対面したプルエーズは、カミーユとの間にできた娘ドニャ・セテペ(七剣姫)をロドリックに託し、天上での愛の成就を祈念しつつ、永遠に彼の下を去ることを決心する。
◆「四日目」
「三日目」からさらに約10年後。かつての征服者ロドリッグは、いまや老残の身となっている。スペイン国王の寵愛を失って訪れた日本で、合戦により片足を失い名古屋城御天守に幽閉され、そこで日本人絵師に会い、日本の美学とその哲学を学ぶ。ヨーロッパに戻ったロドリックは、国王の仕掛けた罠によって追放の憂き目にあう。
全てを失ったロドリックは、満天の星の下、はじめて魂の救済をおぼえるのであった――。
演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
京都芸術大学舞台芸術研究センターは、舞台芸術の創造過程の総体を研究対象として、乖離しがちであった「創造の現場」と「学術研究」とのより有機的な結びつきを図るべく、2001年4月に発足し、文部科学省、文化庁などの助成を受け、活動を続けています。本学内に設置された京都芸術劇場(春秋座、studio21)の、全ての企画・運営を主体的にプロデュースしています。