作品ノート:
古くから日本には“般若心経”という仏教経典に より、あらゆる存在が“空(くう)”であるとされ る考え方がある。“空”は、現代では「そら」や 「からっぽ」、お腹が「すいた」などという意味で 使われる。経典の一節には、万事は生まれもせ ねば死にもせず、眼に見える景色、聴こえてくる 音、伝わる匂いや味わい、触れたり感じること、 増減やそんなものは一切「無い」という。存在に は流動的な変化があるのみで、はじめから実体 などないのだと。すなわち「自分が存在する」と いう観念によって苦しみが生まれるらしい。
演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
1913年に創建された倉庫をリノベーションした文化施設。コンセプトは「芸術文化の創造発信」と「賑わいの創出」。コンテンポラリーダンスやアートを柱に、新進アーティストを世界に発信している。フレキシブルな機能を持つホールとギャラリースペースを有し、ダンス等舞台芸術公演や展覧会、屋外広場でのイベント等を通じて横浜の文化と観光のハブ機能を担う。
作品ノート:溢れる欲求は動物レベルで活動し続ける。内容や実質と対比される一定の外見的な姿をした混沌とする世界。よごれても、きれいでなくても、感情に素直な肉体ひとつを使って生きる。
[作品ノート]黒い制服姿の女子3人。レモンを巡る、束の間の断想。静かで、奇妙で、どこか懐かしい。そわそわ、じりじり、ゆるりゆるり。意地悪な泣き笑い。そして、爆弾が――。
作品ノート:寝室、トイレ、台所整えられた美しき家庭はみ出た祖母、はみ出た母、はみ出た私は膝を揃えて「お帰りなさい」と微笑むの。私は一体誰なのかしら。
作品ノート:日本、トーゴ、台湾の異なるバックボーンを持つ4 名で製作された、日本のコンテンポラリーダンス作品。「ダンスの自明性を問うダンス作品」と銘打ち、‘基準がなく何でもありのダンス’とされている、日本のコンテンポラリーダンスにまつわる自明性と、その周辺を漂流する。あらゆる差別意識が表面化する現在の日本。渦中の我々だからこそ獲得し得る日本のコンテンポラリーダンスの力を、逃げるように追い求めていく
