先日、行きつけの店の店長さんに散髪してもらっていた時、髪を「切る」に対し過不足なく「切って」いて、そうかと思い当たったことがありました。張り切るでも慣れるでも緩むでも表現するでも好き嫌いもなく、ある動詞を過不足なく体現することは実際とても難しい。日々同じ動詞に向き合う中で、飽きず過不足ない状態に辿り着くことについて、考えるところがありました。
以前ジャズピアニストが、究極のドミソが弾けたらと話していました。また知り合いのデザイナーが、一の字一つで勝負するようなデザインは、まだ自分には早いと話しているのを聞きました。削ぎ落としたい願望は、いつも個人作業の頓知問答です。あるいはシンプルにという思考を通らずに、ある時ぽかんと到達するのかもしれない。
「見立て」について考えることは、過不足のなさを考えることと似ている気がします。見立てることは、削ること捨てることのようで逆に、物事から本質を見つける作業かもしれません。「見立て」で、世界を俯瞰してみたい。
演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
1913年に創建された倉庫をリノベーションした文化施設。コンセプトは「芸術文化の創造発信」と「賑わいの創出」。コンテンポラリーダンスやアートを柱に、新進アーティストを世界に発信している。フレキシブルな機能を持つホールとギャラリースペースを有し、ダンス等舞台芸術公演や展覧会、屋外広場でのイベント等を通じて横浜の文化と観光のハブ機能を担う。
作品ノート:ヒトの移動は10万年前にアフリカ大陸から始まったと言われている。 そして今現在も世界で起こっている。 移動するという行為はあらゆる文明の発展を促しているが、同時に衝突を引き起こす原因ともなっている。 身体の移動行為自体が、コミュニケーションを誘発させる。ヒトは何故身体を移動させるのか。 どれだけ移動してみたところで、それは小さな庭を行き来しているに過ぎないのだ。 それでも、私たちには身
横浜ダンスコレクション 1996 バニョレ国際振付賞ジャパンプラットフォーム ナショナル協議員賞受賞作品
作品ノート:古くから日本には“般若心経”という仏教経典に より、あらゆる存在が“空(くう)”であるとされ る考え方がある。“空”は、現代では「そら」や 「からっぽ」、お腹が「すいた」などという意味で 使われる。経典の一節には、万事は生まれもせ ねば死にもせず、眼に見える景色、聴こえてくる 音、伝わる匂いや味わい、触れたり感じること、 増減やそんなものは一切「無い」という。存在に は流動的な変化があ
作品ノート:いつから、善悪のガイネンがあるのでしょう。 いつから、つぶすは涙で、なでるは微笑みなのでしょう。 それが入れ換わるその日、もうすぐそこだと、 きっとど真ん中だねと、太陽が追いかけてくるのを無視して 真っ白な月の下ステップを踏んだ。
