舞踏の最初の作品とされる「禁色」初演から50周年を記念して、大野一雄フェスティバル2009にて同作を徹底解剖した三日間の第二夜。「禁色」初演で土方巽の相手役だった大野慶人と若松美黄との踊りの他、細江英公を交えたトークで当時を振り返る。
演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
1949年大野一雄現代舞踊第一回公演を機に設立され、1961年に横浜市保土ケ谷区に稽古場が建設された。以来、大野一雄、大野慶人の創作の場として数々の作品を生み出すと共に、公演、ワークショップ、出版などの事業主体となって活動の基盤を担ってきた。
大野一雄に師事していた研究生と大野一雄との群舞作品。1980年に大野一雄が海外デビューを果たしたナンシー国際演劇祭にて初演された。ひと月以上に渡るヨーロッパツアーからの帰国後に横浜の稽古場にて数人に披露されたものと考えられるが、上演日付は不明。ナンシー国際演劇祭のプログラムから把握できる配役は次の通り。胎児・馬:大野一雄 / 死神:池部篤治 / 太陽:中村森綱、秀島実 / 太陽を生む狂女、胎児の母
大野一雄【赤レンガ倉庫】舞踏公演
横浜新港埠頭赤レンガ倉庫前の三号上屋にて総勢150人の出演者で上演された。曽我蕭白を始め、鰈や狼など多彩なイメージを花開かせながら、舞踏家だけでなく、音楽家や写真家、地元の合唱団までを巻き込んでの一大スペクタクル。映像はフル・バージョン。
大野一雄を世界的舞踏家に押し上げた代表作。1977年初演。「ラ・アルヘンチーナ」とはスペイン舞踊の革新者として知られるラ・アルヘンティーナ・アントニア・メルセのこと。大野一雄が1929年に帝国劇場でメルセの来日公演を見たときの深い感動が創作の源となっている。「頌」は讃えるの意。
1994年4月に始まった大野一雄全作品上演計画第1回公演「睡蓮」の追加公演。神奈川文化賞受賞記念。モネの「睡蓮」より想を得て、1987年6月にシュツットガルトで初演された。初演は、次男で共演者でもある大野慶人が全面的に演出した最初の作品。
