大野一雄に師事していた研究生と大野一雄との群舞作品。1980年に大野一雄が海外デビューを果たしたナンシー国際演劇祭にて初演された。ひと月以上に渡るヨーロッパツアーからの帰国後に横浜の稽古場にて数人に披露されたものと考えられるが、上演日付は不明。ナンシー国際演劇祭のプログラムから把握できる配役は次の通り。胎児・馬:大野一雄 / 死神:池部篤治 / 太陽:中村森綱、秀島実 / 太陽を生む狂女、胎児の母:上杉貢代。
演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
1949年大野一雄現代舞踊第一回公演を機に設立され、1961年に横浜市保土ケ谷区に稽古場が建設された。以来、大野一雄、大野慶人の創作の場として数々の作品を生み出すと共に、公演、ワークショップ、出版などの事業主体となって活動の基盤を担ってきた。
大野一雄全作品上演計画第5回公演。1990年5月、イタリアのクレモナ市立ポンキエッリ劇場の委嘱作品として初演された。クレモナの工房を訪ね、樹木の選定から一挺のリュートが作られる工程を見て、日本人の自然観「花鳥風月」に想いをはせた作品。
大野一雄の代表作。1981年初演。西洋料理を得意とし、琴をよくしたモダンな母親の想い出が核となっている。プログラムには、幼い子供達を亡くし拝む母のこと(「花電車」)、死の床にある母の言葉(「遺言」)などのテキストが掲載され、具体的なモチーフを伺い知ることも可能だが、舞台上の動きは抽象的である。作品中に登場する「おぜん」は、母を象徴している。
大野一雄の踊りにふれて、聖俗などの単なる二律背反を超えて、ありとあらゆるおんな性を含んだおんなを演じることに目が開かれたという金満里のソロ作品。大野一雄フェスティバル2005の初演では、車椅子に乗った大野一雄もカーテンコールに登場した。
舞踏の最初の作品とされる「禁色」初演から50周年を記念して、大野一雄フェスティバル2009にて同作を徹底解剖した三日間の第一夜。モダンダンス時代の土方巽と共演した小原明子をブラジルから招き、「禁色」前夜の情景を探った。アフタートークあり。
