1997年度の演劇界は鐘下辰男の歳であった。「PW PRISONER OF WAR」「温室の前」「仮釈放」「どん底」の演出で、第5回読売演劇大賞の大賞・最優秀演出家賞を受賞。「仮釈放」が同賞で優秀作品賞を受賞。また第三十二回紀伊國屋演劇賞個人賞を文学座に書き下ろした「寒花」他で受賞。
演劇集団THE・ガジラを創立して十年、鐘下辰男が描く日本人像の輪郭がようやく見えかけたといったところである。日本人いや、人間のアイデンティティを究極のところまで掘り下げて描きつづけてきた彼の作業が、軽佻浮薄な世相にようやく風穴をあけてくれた思いがする。人間個人の内部に肉薄していく姿勢には、かつての日本人が持っていた骨太な精神を持ちつづけている稀有なる存在であることに驚きを感じる。
しかも弱冠三十四歳の若さである。
主演をつとめる俳優は、個性派俳優の蟹江敬三。七十年代小劇場ブームの幕開け時代に蜷川幸雄、清水邦夫、石橋蓮司とともに今もって語り継がれる伝説の舞台を飾った名優である。その後の映画、TVでの活躍は目を見張るものがある。平成十年度にトム・プロジェクトの作品で見せた一人芝居「風船おじさん」の愛嬌ある演技は記憶に新しいところである。
共演者には千葉哲也、西山水木。ともに第五回読売演劇大賞優秀演技賞を受賞した二人である。
千葉哲也は、鐘下辰男とともにTHE・ガジラを支えてきた主演俳優で、鐘下の分みょくを体現できる実力派俳優の一人である。
青年座を振り出しに数多くの舞台に出演し観客を魅了してきた女優、西山水木。今最も脂が乗った女優で、美しい容貌に秘めた情念の役作りには定評のあるところだ。
今回のあらすじは、平凡な生活者に扮する蟹江敬三がふとしたことから殺人を犯すところから始まる。
外部との交流を遮断されひとりであることを強制されたときから、生きることの意味、家庭、そして社会を考え始める。
演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
演劇・舞踊・音楽など既成のジャンルにとらわれず、観る側と、創る側がお互い夢を持てる舞台を創作し、届けたい。心を伝えられる企画・舞台創造・プロデュースを目指しています。平成6年6月、現代創作劇を創造活動の柱に演劇制作を開始。以降、旬の作家、俳優を起用し毎年2,3本の創作劇を中心にプロデュース公演を企画制作。全国ツアーを展開している。平成9年、次代を背負う若き演劇人発掘のため、オーディション選抜の「新人公演」を制作。また平成12年からは海外公演も積極的に取組み、文化交流を進めている。
日中戦争が泥沼化しつつあり、英米との関係も急速に悪化していた昭和16年春。あるベテラン夫婦漫才師が、中国大陸への慰問の旅に出る。この時の日本では、笑いという戦争とは対極のものを生業とする芸人でさえ戦争の歯車に巻き込まれていた。芸人を続けるには、戦争に協力するしか方法がなかったのだ。夫婦は10歳を過ぎたばかりの一人娘を内地に残して日中戦争の前線近くまで旅を続ける。同行の芸人仲間や、笑いに飢えた前線の
ラジオのスタジオ。一九五〇年代のB級SF映画「地球最終放送」(原題「たたかう女」)をノンストップトークする女性アナウンサー。たばこを取りにスタジオの外に出ようとするが、スタジオがオンボロで扉が開かない。ふと不安になり、片っ端から放送を聞いてみるが、他に放送している局はみつからない。知り合いに電話をかけまくるが通じない。「地球最終放送」の内容がほんとうになったのだろうか......。
一般的にオジサンというと三十代から五十代後半までであろうか。五十代ともなれば男としてまだまだ花を咲かせたいと思う一方、もはやこれまで、そろそろ老後の心配でもしようかと思ったり、岐路に立つ年頃である。ここに愛しの女性を待っているようにしか見えない元気そうな五十代の三人の男がいる。・・・しかし、女性は現れない。・・・そのうち、男たちによる虚々実々の攻防戦が繰り広げられるはずだ。
物語は、一九九七年に風船で海外渡航を決行し行方不明になった「風船おじさん」が題材。芝居はこの夢物語のような出来事を現実の犯罪をモチーフに数々の話題作を創ってきた山崎哲が、現代社会や今日の家庭の問題と絡めながらあぶり出してゆくもので、個性的で巧みな演技力を持つ蟹江がどう演じるか興味深い。
