1980年に「白虎社」を立ち上げることになる大須賀勇は、1976年の東南アジア舞踏行脚を経て、翌年「東方夜總會」を創業した。本映像は吉祥寺のライブハウス曼荼羅で行われた東方夜總會創業公演を収録。チラシによれば演じられた演目は「山王ギャマン糖ー劇場を支える踊り子への招待」。白虎社の代表作『ひばりと寝ジャカ』や他の作品へと昇華するさまざまな原型が見てとれる。音楽も後によく使われた曲が多いが、後から編集されたものである可能性もある。
1980年に設立され、1994年の解散まで京都を拠点に活動した舞踏団。主宰は舞踏家・大須賀勇。独自のアジア的感性を通じて、芸術と芸能を串刺しにする「明るい暗黒」を表出させ、原初のエネルギー渦巻く舞台を展開した。テレビへの出演、ダンスビデオ作品の制作など、それまでの舞踏の枠を広げた活動も積極的に行い、夏には熊野の山奥で、第一線で活躍する様々なジャンルの講師を招いて舞踏体験合宿を開催した。代表作は「ひばりと寝ジャカ」。大須賀は1990年、京都府文化賞功労賞を受賞。
1983年の初演以来、1985年の東京公演では「<喧噪>や<愚行>を現代の視点でとらえ直す等の舞台芸術活性化への貢献」によって第17回舞踊批評家協会賞を受賞し、欧州ツアーでも熱狂的に迎えられた白虎社の代表作「ひばりと寝ジャカ」のオーストラリア初演。
白虎社の最初の海外ツアーの記録。ソウルの街各所を舞台にひらかれた第5回第三世界演劇祭では、国際青年演劇センター(KSEC)が上演した『海峡』が大きな注目を浴びた。『海峡』は、白虎社の舞踏、李三郎(朴炳陽)の「韓国演劇上演会」による在日韓国傷痍軍人の父と娘についての芝居、パンソリを組み入れた朴保とリセによるロック音楽とで構成されていた。本映像では舞台の他にも車窓からの風景や、一瞬だが、白虎社を絶賛し
1985年6・7月、白虎社は五大陸巡り世界舞踏キャラバン隊第一弾として2tの荷物と共に2ヶ月のイスラエル・ヨーロッパツアーに出た。イスラエル、西ドイツ、スイス、イタリア、ベルギー、フランスと周り、「ひばりと寝ジャカ」を27回上演、約20,000人の観客を動員した。本映像はそのツアー記録。公演映像の一部の他、リハーサルや楽屋の風景、各地の街に繰り出して計36カ所で行った路上デモンストレーションの様子
西ドイツのインダストリアル・ノイズ音楽バンド、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテンのライブを描いた映画『半分人間』(1986年公開、石井聰亙監督)のために撮影された映像。大須賀の手元に保管されていたのは16mmポジで、本編では使われていない。撮影は渋谷の雑居ビルから始まり、この映像の舞台となった荒川のそばの屠殺場の匂いのする場所で夜を徹して行われた。舞踏手は金粉を塗っているが、普段白塗りでする動
