KOKAMI@network vol.21
去っていくものは美しい。けれど、残されたものは哀しい。売れない作家である宮瀬陽一が残した遺書のような物語は、日本人なら誰もが知っている「鶴女房」のその後を描いた小説だった。鶴であることが夫にばれ、遠くの空に旅立った鶴が、もし戻ってきたとしたら。村の中で、二人は、どんな人生を始めるのか。だが、その物語は、小説誌の掲載を断られて、未完で終わっていた。宮瀬の担当編集者だった相馬和彦は、宮瀬の妻であり、夫
2007年に旗揚げ準備公演でスタートした『虚構の劇団』の解散公演として上演した『日本人のへそ』(作:井上ひさし、演出:鴻上尚史)吃音症患者を集めた治療劇として、浅草のストリッパー、ヘレン天津の半生を劇中劇で描き、そこから物語は二転三転していく。井上ひさしさんの若い才気とエネルギーに満ちあふれたデビュー作に、虚構の劇団の総力を上げて、真正面から取り組んだ意欲作。
今日、 母が死んだ。いつも正しいことを言ってた母。時間にうるさく礼儀にうるさく、何よりもちゃんとしていて、誰よりも厳しかった母。いつもわたしを叱っていた母。いつの間にか会わなくなった母。今日、 死んだ母。今日その母に、付き合ってたひとがいたのを知った。彼はわたしと同い年だった。わたしは母のこと、何も知らなかった。
「家族」という普遍的なテーマを軸に、若者たちの熱気が溢れていた70年代<若者たち抗議活動に参加した「戦車闘争」や、若者のバイブルだった高野悦子著「二十歳の原点」、当時流行した歌やギャグなど>を青年と中年の世代がリアルな現代の悩みを抱えながら体験することで、徐々に変化し、違いを理解し合おうとする姿を描き、身近で普遍的な社会を炙り出す本作は、2021年の初演時も好評を博しました。
コロナ禍での上演となり、2004年初演の本作をパンデミック・バージョンとして再構成した。ツイッターの♯(ハッシュタグ)自殺で、出会った4人の物語。初演はその中の一人が「人間の盾」になりますが、2020では、目に見えない「自粛警察」に戦いを挑む。
第三舞台が、1994年に天王洲アイルアートスフィアで上演した作品を収録。たくさんの小集団が潜伏し、団結し、流血し、誰が的で誰が味方かわからない、「もうひとつの日本」。ネット上で密やかに流される「スナフキンの手紙」。美少女アイドルを巡って、日本政府軍と「正しい闘い」を繰り広げる人々のゆくえを描いた、第39回岸田戯曲賞受賞作品。
「私は他人である」 その妄想をきっかけに、高校時代の同級生三人が再開するフリーライターの立原雅人、精神科医の紅谷礼子、そしてゲイ・バーに勤める後藤参三。作家志望の雅人は、時々自分が自分でないような錯覚にとらわれ、礼子の勤める病院を訪れる。そんな折、偶然雅人と再会した参三は、雅人の看護をすることになり、3人は高校卒業以来、初めて顔を揃えることになった。「孤独な愛の行方」をめぐる物語。
「お父さんは何して遊んでた?お母さんとお父さんはどこで会ったの?」おはなしを聞くのが大好きなルルランのもとに、思い出のプレゼントを持ってみんながやってきます。ルルランの想像が膨らむと景色が広がり、音楽が聞こえ、心は踊り出します。日常の機微を身体とユーモアで描き“見ると明日がちょっとがんばれる”と評判の泥棒対策ライトが「ヘンゼルとグレーテル」「親指姫」「おむすびころりん」「人魚姫」「おおきなかぶ」の
