18世紀末。商人が次第に勢力を張り、封建制が揺るぎ始めた頃、各地で重税に耐えかねた農民たちの打ちこわしが頻発し、江戸の盛り場両国にも、虚無と退廃が渦巻いていた。その両国の町を、我が物顔で練り歩く若き芸術家たち。狂歌・戯作で有名な四方赤良、恋川春町、朋誠堂喜三二、宿屋飯盛の前に、一人の若者が放り出された。まだ駆け出しの浮世絵師、歌麿である。歌麿は、難波屋という水茶屋の娘おきたの中に、自分の求めていた
舞台は1931年、日本統治下の租界地・大連。中国でありながらも、外国人が居住し、貿易や経済活動を行い、賑わっていた。また、日本の中国侵略活動の根拠地として在留日本人も多く集まっていた。そんな大連に作家志望の青年、日暮隆夫が放浪の旅のすえにやってくる。日暮は無為徒食の日々を過ごし、かろうじて生計を立てていた。そんな彼のところへ、友人の安東泰男が一人の娘を連れてくる。彼女の名前は徳大寺茉莉。ダンスホー
野坂昭如の長編小説「エロ事師たち」(エロごとしたち)をミュージカル化。スブやん、実は酢豚の略。豚のように逞しそうでも、どこか儚く悲しげな風情に由来するあだ名で、戸籍上の姓名は今は公安のみぞ知る。そもそもエロ事師の生業の始まりは、大阪は森宮で文房具屋の親父が声をひそめて言ったあのひと言。どこぞで春画を手に入れてくれへんか。これはもうスブやんにとっては天の声。もはや宿命的に足を踏み込み、写真、本、媚薬
舞台は瀬戸内海に浮かぶ塩飽諸島の一つ、みかげ島。時は1983年の春。本州との連絡船かもめ丸の船長をしている頑固親父仙造の夢は、一粒種の息子・竜太が、幼馴染みで器量好しの娘・春江を嫁に貰い、父親の跡を継いで、かもめ丸の船長になってくれることだった。しかし、本州と四国を結ぶ瀬戸大橋の着工によって、連絡船は廃止の憂き目を見ることになり、しかも竜太は、いつかこの島を抜け出し、アメリカで一旗揚げたいという野