1994年4月に始まった大野一雄全作品上演計画第1回公演「睡蓮」の追加公演。神奈川文化賞受賞記念。モネの「睡蓮」より想を得て、1987年6月にシュツットガルトで初演された。初演は、次男で共演者でもある大野慶人が全面的に演出した最初の作品。
演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
1949年大野一雄現代舞踊第一回公演を機に設立され、1961年に横浜市保土ケ谷区に稽古場が建設された。以来、大野一雄、大野慶人の創作の場として数々の作品を生み出すと共に、公演、ワークショップ、出版などの事業主体となって活動の基盤を担ってきた。
大野一雄の最も古い弟子の一人である上杉満代が踊る、第1回大野一雄フェスティバル(2004)参加作品。踊りは神奈川県立歴史博物館玄関前から始まり、舞姫はおびただしい数の大野一雄の衣装が吊り下げられている旧富士銀行(BankART1929 馬車道ホール、現東京藝術大学大学院)へと運ばれる。
日本国憲法を自分のカラダの「骨格」であると直感した笠井叡が、憲法は常に至上の「理想」に貫かれているべきとの自身の想いに、ひとつの「カラダの形」を与える。大野一雄フェスティバル2013での初演後も、時代に呼応しながら再演を重ねている作品。
1999年、大野一雄は第1回ミケランジェロ・アントニオーニ賞を受賞。ベネツィア・ビエンナーレで「セレブレーション:大野一雄作品アンソロジー」として2日間の公演が行われ、1日目の終演後に舞台上でそのまま授賞式が行われた。大野一雄の代表作である「ラ・アルヘンチーナ頌」「わたしのお母さん」「死海」等から数曲を抜粋したアンソロジー公演である「セレブレーション」と、授賞式を収録。
舞踏を舞踏たらしめた土方巽と大野一雄の両雄をカラダに棲まわせていた大野慶人が、土方巽による振付作品、大野一雄の「ラ・アルヘンチーナ頌」から「ディヴィーヌ抄」、そして自身の「花」と「鳥」を踊る。大野一雄フェスティバル2013にて初演。
