舞踏家・大野一雄は2010年6月1日に103歳で亡くなった。その年、世界各地で追悼の集いが行われたが、2004年から毎年開かれていた「大野一雄フェスティバル」も11月から12月にかけて、「大野一雄の世界」を共有することを主眼に開催された。オープニング公演を含む三夜は「終わりのない舞踏会」として同フェスティバルのそれまでの参加者や公募参加者などによる短い作品を連続上演した。「O氏への旅 O氏からの旅」はそのうちの第三夜で、4つのソロ作品および大野慶人の演出で大野一雄舞踏研究所研究生の群舞作品が上演された。
演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
1949年大野一雄現代舞踊第一回公演を機に設立され、1961年に横浜市保土ケ谷区に稽古場が建設された。以来、大野一雄、大野慶人の創作の場として数々の作品を生み出すと共に、公演、ワークショップ、出版などの事業主体となって活動の基盤を担ってきた。
大野慶人を被写体とする16ミリフィルム映像。2018年に大野慶人宅で発見されたものだが、撮影の経緯など詳細はわかっていない。無音の映像で、制作途上のフィルムである可能性もある。1969年に開催された大野慶人ソロ公演のポスター写真に衣装とメークが酷似しており、公演を準備している時期に鎌倉の海で撮影されたものではないかと推測されている。
大野一雄【赤レンガ倉庫】舞踏公演
横浜新港埠頭赤レンガ倉庫前の三号上屋にて総勢150人の出演者で上演された。曽我蕭白を始め、鰈や狼など多彩なイメージを花開かせながら、舞踏家だけでなく、音楽家や写真家、地元の合唱団までを巻き込んでの一大スペクタクル。映像はフル・バージョン。
大野一雄フェスティバル2005(第2回)にて上演された大野慶人のソロ作品。自らの来歴を振り返り、大事なモーメントを与えてくれた人に感謝を捧げる構成で、父である舞踏家大野一雄の代表作「ラ・アルヘンチーナ頌」の最初のシーンで使われた帽子とケープをつけて踊る場面もある。カーテンコールでは慶人が一雄の車椅子を押して登場、万雷の拍手に囲まれた。各場のタイトルは次の通り。シティボーイ / 土方巽に、一心に感謝
第1回大野一雄フェスティバル(2004)参加作品。解体され再生中だったレストラン相生での特別公演。加藤郁也詩集『形而情學』による高井富子の「形而情學」シリーズは土方巽の演出で1967年に始まり、土方を始め大野一雄や笠井叡も出演した。
