2006年4月パリ日本文化会館にて初演。60年代の舞踊の革新運動の最前線を疾走したふたりの同時代者、韓国舞踊のキム・メジャと日本の舞踏の大野慶人の共演作品。カーテンコールでは大野一雄が指人形で登場。大野一雄フェスティバル2007参加作品。
演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
1949年大野一雄現代舞踊第一回公演を機に設立され、1961年に横浜市保土ケ谷区に稽古場が建設された。以来、大野一雄、大野慶人の創作の場として数々の作品を生み出すと共に、公演、ワークショップ、出版などの事業主体となって活動の基盤を担ってきた。
舞踏家・大野一雄は2010年6月1日に103歳で亡くなった。その年、世界各地で追悼の集いが行われたが、2004年から毎年開かれていた「大野一雄フェスティバル」も11月から12月にかけて、「大野一雄の世界」を共有することを主眼に開催された。オープニング公演を含む三夜は「終わりのない舞踏会」として同フェスティバルのそれまでの参加者や公募参加者などによる短い作品を連続上演した。「O氏への旅 O氏からの旅
大野一雄の踊りにふれて、聖俗などの単なる二律背反を超えて、ありとあらゆるおんな性を含んだおんなを演じることに目が開かれたという金満里のソロ作品。大野一雄フェスティバル2005の初演では、車椅子に乗った大野一雄もカーテンコールに登場した。
大野一雄に捧げるアルバム「The Crying Light」をリリースし、大野一雄をミューズと慕うアントニーが来日。大野一雄の映像「O氏の死者の書」と、一雄の次男で舞踏家である大野慶人との共演を果たした。後にイギリス、ブラジルでも上演を重ねた。
舞踏を舞踏たらしめた土方巽と大野一雄の両雄をカラダに棲まわせていた大野慶人が、土方巽による振付作品、大野一雄の「ラ・アルヘンチーナ頌」から「ディヴィーヌ抄」、そして自身の「花」と「鳥」を踊る。大野一雄フェスティバル2013にて初演。
