大野一雄の踊りにふれて、聖俗などの単なる二律背反を超えて、ありとあらゆるおんな性を含んだおんなを演じることに目が開かれたという金満里のソロ作品。大野一雄フェスティバル2005の初演では、車椅子に乗った大野一雄もカーテンコールに登場した。
演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
1949年大野一雄現代舞踊第一回公演を機に設立され、1961年に横浜市保土ケ谷区に稽古場が建設された。以来、大野一雄、大野慶人の創作の場として数々の作品を生み出すと共に、公演、ワークショップ、出版などの事業主体となって活動の基盤を担ってきた。
舞踏家・大野一雄は2010年6月1日に103歳で亡くなった。その年、世界各地で追悼の集いが行われたが、2004年から毎年開かれていた「大野一雄フェスティバル」も11月から12月にかけて、「大野一雄の世界」を共有することを主眼に開催された。オープニング公演を含む三夜は「終わりのない舞踏会」として同フェスティバルのそれまでの参加者や公募参加者などによる短い作品を連続上演した。「O氏への旅 O氏からの旅
舞踏家・大野一雄が100歳を迎えた2006年10月から1年間は「大野一雄 100歳の年」として展覧会や公演など世界各国で様々な100歳を祝うイベントが開催された。中でもガラ公演「百花繚乱」にはピナ・バウシュの映像出演を含め国内外から実に23組の踊り手が集結、2日間にわたり密度の濃い舞台が繰り広げられた。両日ともカーテンコールには大野慶人の押す車椅子で大野一雄が登場した。以下は、第一夜の出演者とその
2006年4月パリ日本文化会館にて初演。60年代の舞踊の革新運動の最前線を疾走したふたりの同時代者、韓国舞踊のキム・メジャと日本の舞踏の大野慶人の共演作品。カーテンコールでは大野一雄が指人形で登場。大野一雄フェスティバル2007参加作品。
舞踏の最初の作品とされる「禁色」初演から50周年を記念して、大野一雄フェスティバル2009にて同作を徹底解剖した三日間の第二夜。「禁色」初演で土方巽の相手役だった大野慶人と若松美黄との踊りの他、細江英公を交えたトークで当時を振り返る。
