演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
長野県生まれ。舞踊家。京都造形芸術大学映像・舞台芸術学科教授。明治大学演劇学専攻、在学中に、笠井叡に師事。初期「天使館」にて舞踏を学ぶ。その後、1977年よりソロダンス活動を展開し1989年~ダンスカンパニー枇杷系「BIWAKEI」を主宰、現在はディレクターとして関わる。
一人の女と一人の少女が、出会い、互いの分身であるように、2本の樹木の上に横たわり、時を過ごす。眠り、言葉を交わし、外界へのイメージを広げる。ここはどこなのか、聞こえる声が時間を呼び起こす。孤独だけれど満たされている二人の遊びは、人の根源的な信頼と出会いを育て、この奇妙で孤独な遊びが世界へのドアを開けていく。
美術館のように展示されたクローデイーヌ・ドレの作品は、白い紙が人型のように畳まれ、重なり、群れを作っている。時に灰色、墨色の粉が煙のように、彼らを覆っている。それは、戦争の只中にいる人々のようにも見える。すると、その中から飛び出したような白い3人のダンサーが空間を歩き、飛び、転がり、時に異形の形で踊る。歩きまわる黒い女は、世界から弾き出され行方を失った者にも見える。彼らは、交差し、出会い、また離れ
山田せつ子が、公演表記を「舞踏」から「ダンス」と変えた分岐点になる作品。池袋西武スタジオ200の無機的空間が青銅色の壁面、錆の浮いた鉄や廃材、白砂を使った内藤久義のインスタレーションによって、地上の果て、異界へ通ずるステージとなった。荘村清志のギター「インターナショナル」に始まり、HIROKIのシンササイザー音が山田の緊張と放散の求心的なダンスと交差し、よりシンプルに生成された世界を展開した。
真綿が張られた1本の大きな枝が右手首に括られ、肩に背負われている。あたかも巨大な羽のように見える。傾いた首はゆっくりと傾き続け、静かにゆらゆらと動く。微細な振動だけが踊ることを形成していく。踊ることの衝動に真っ直ぐに向かいあったこの作品を観たニューヨーク・ヴィレッジ・ヴォイスの批評家デボラ・ジョーイットは「舞踏のジャンヌ・ダルク」と評した。山田せつ子のダンスの原点ともなる作品。