「今度、好善社では、楼閣に翼第四弾として、「人間の水」を上演致します。人間の内に流れる生命の起源に遡る旅です。その水は拡がり、凝縮し、動いています。私は、周りを流れる闇や光に出逢いながら、身体の中の、微妙に揺れる星あかりを頼りに、進んでいきます。そこにはどんな風が吹いているのでしょう(後略)」―和栗由紀夫
「自分自身に出逢う旅が、舞踏なのだよ」と和栗に伝えたマレビト土方巽への追想公演。
和栗由紀夫主宰の舞踏グループ。和栗由紀夫は1952年東京生まれの舞踏家で、土方巽直系。硬質かつしなやかな肉体、切れのよい美しい型、微妙なニュアンスまで繊細に踊り分ける表現力を持つ。また、土方系独自の『舞踏譜』を使った振付法の継承と展開を行い、98年にはCD-ROM『舞踏花伝』を出版、土方作舞法に焦点をあてた舞踏再評価の契機を作った。以降、国内外での公演活動の他、大学、研究機関での舞踏WSを広く開催していたが、2017年、癌のため逝去。
想いはいつも楕円である。近づきまた遠のいてゆく距離。存在とは距離に他ならないのか?いくつもの楕円が重なり合う。生と死、光と影、そして写し撮られた私が肉体という迷宮をさまよう。舞踏と映像の引力と斥力がそこでは激しくぶつかる。内部が外部に溢れ出してゆく影の洪水。内部を持たない外部の始まり。それらの事件は舞台上で起こる。その時、大きな楕円はグラっと傾く。ー和栗由紀夫
舞踏の古代史の中には「鬼」「まれびと」「龍蛇」などが出たり入ったりしているように思う。現代人の身体の奥にも彼らは棲んでいるのだろうか。身体とは不思議で変な入れ物だ。記憶という川を遡り、瀧壺の底で光る一枚のウロコを手に入れる。それを合図に水龍と火龍の戦いが始まる。そんな修羅場こそ舞踏奴の独壇場である。男伊達、そこのけそこのけ奴が通る。恋に翻弄された鳴神上人も瀧を登って龍となる。新しい祭のはじまりだ。
好善社第二回舞踏公演。チラシより:土方巽氏に師事して以来、1979年「楼閣に翼」を舞台に好善社を設立。それから彼(和栗由紀夫)はパタリと沈黙し、ひたすら江戸小紋の染めの仕事に入る。そして7年後の今日の出来事である。1985年、スタジオ200で行われた「東北歌舞伎計画」に参助しながら、浮上する機会を暖めてきた。彼にとっての舞踏が燃焼し始めるこの時期は、亡き土方巽氏を思えば無念の心境であろう(彫刻家・
「己の内奥の宇宙の目を向けること」‥‥‥これが舞踏の出発点であり、その目が何処についているのかが大切なことだ。足が二本に分かれてから我々は迷ってばかりいる。私は一本足の杭になり荒野に立っていたい。森羅万象の内に潜む秘密の階段は、我々の果てしない野に続く。私は急いで準備をするのだ。婚礼が始まる。風が吹いてくる。