本作品は、 戦争で多くの国民を死に追いやった日本の 指導者たちの責任を問う、「戦争責任 問題」 扱い ますが、 登場人物たちが 使命を忘れるほど演劇 の稽古に のめり込んでしまう滑稽さ 、 人物の正体や思惑が徐々に明らかになっていくスリリン グさ、劇中歌「すみれの花咲く頃」の歌声があたたかな感動を呼び起こす様子など 、 そ の 根底 に あ る の は 時代を越えた演劇讃歌です。
演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
私たちは、人を泣かせたり、笑わせたりしている会社です。
座付作者井上ひさしに関係する作品のみを専門に制作、上演しています。
1983年1月に創立し、84年4月『頭痛肩こり樋口一葉』公演で旗揚げ。
以降、新作、再演、こまつ座旗揚げ以前の井上作品も織り交ぜて、出演者・スタッフとも作品ごとに依頼し、その作品だけの一座を組むプロデュースシステムをとり、年平均4~6作品(200~250ステージ)を上演し続けています。
魯迅は、いまさら言うまでもなく、アジアを代表する世界的文学者の一人です。たとえば、1927(昭和2)年、ノーベル賞選考委員会は上海へ特使を送ってきました。その年の文学賞を受けてくれるかどうか、魯迅の胸中を打診にきたのです。さまざまな不幸な理由から、魯迅はこれを断りますが、とにかく彼はそれくらい注目されていたのです。魯迅は、それから10年とは生きておりませんでしたが、ここに不思議なのは、彼の臨終に立
河上肇の登場しない井上ひさしの「貧乏物語」社会問題としての資本主義・・・「貧乏ってなに?」と問う人すべてに捧げる可憐な女性六人の事情と人生。時は大正5年...第一次世界大戦の好景気の最中、誰もが少し浮かれて、本当の''貧乏''を見ようとしなかった時代に、ベストセラーになった河上肇の『貧乏物語』。 その河上肇の周りには、こんなにも素敵な女性たちがいた。私たちはおんなじ問題の前にいる。こまつ座24年振
「……がさつだったが、物事すべて明るく輝いていたあの時代。物資は乏しかったがお互いの間に優しさが満ち溢れていたあの創世期。お腹には何も入っていなかったが、胸にはちきれそうな、理想と希望があったあの頃。」──あの『キャッツ』がロンドンで誕生する十年前に、井上ひさしが世に送り出した、ネコだけが主役のミュージカル『十一ぴきのねこ』。現代演劇を牽引する長塚圭史が、この作品で井上戯曲を初演出にして初ミュージ
昭和庶民伝三部作 第二作
進駐軍の占領下で、今日を生き抜くために人びとは闇の売り買いに必死だった。親を亡くし、子を亡くし、夫を亡くし、友を亡くした人びとが、世の中の新しい枠組みの中で、無我夢中に生きていた。ひとり息子の健太郎を戦地に失った愛敬稲荷神社の神主牛木公磨も、今では近くに住む五人の未亡人たちと寄り合って、闇米の調達に奔走している。そんなある夏の日。思いもかけず、死んだはずの健太郎が愛敬稲荷神社にひょっこりと帰還する
