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輝かしき開拓者;よろこびの歌

輝かしき開拓者;よろこびの歌_舞台写真
輝かしき開拓者[Bravos Pioneiros]
輝かしき開拓者;よろこびの歌_舞台写真
輝かしき開拓者[Bravos Pioneiros] in 1963
輝かしき開拓者;よろこびの歌_舞台写真
輝かしき開拓者[Bravos Pioneiros] in 1965
輝かしき開拓者;よろこびの歌_舞台写真
輝かしき開拓者[Bravos Pioneiros]
輝かしき開拓者;よろこびの歌_舞台写真
よろこびの歌 [Song of Joy] in 1978
輝かしき開拓者;よろこびの歌_舞台写真
よろこびの歌 [Song of Joy] in 1991 in Japan
輝かしき開拓者;よろこびの歌_パンフレット
Programme for the recital in Japan in 1978
輝かしき開拓者;よろこびの歌_パンフレット
Programme for the recital in Japan in 1978
輝かしき開拓者;よろこびの歌_パンフレット
Programme for the recital in Japan in 1978
輝かしき開拓者;よろこびの歌_パンフレット
Programme for the recital in Japan in 1978
輝かしき開拓者;よろこびの歌_パンフレット
Programme for the recital in Japan in 1978
輝かしき開拓者;よろこびの歌_舞台写真
輝かしき開拓者;よろこびの歌_舞台写真
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輝かしき開拓者;よろこびの歌_パンフレット
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輝かしき開拓者;よろこびの歌_パンフレット
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輝かしき開拓者;よろこびの歌

<輝かしき開拓者> 一世の開拓者の日に焼けたたくましい体、鋭いまなざし、白い髭、これまで見たことがない人間の姿に出会ってまるで優れた芸術作品を目の当たりにしたようだと衝撃を受け、その労働者たちの美しい働く姿を活かした作品を創作した。

<よろこびの歌> 弓場農場へ到着した時の感動を小原明子がナレーションで語り、続けて「太陽が暑いから」「ヤマの仲間達」「よろこびの歌」とヤマ(弓場農場の通称)のテーマ曲(作詞作曲:矢崎正勝)を合唱する。「輝かしき開拓者」と同様、弓場農場の生活を表す作品で、数々の公演で演じられてきた。

デジタルアーカイブデータ

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権利処理状況
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作品情報

上演年
2021年
上演情報
弓場劇場(ブラジル・サンパウロ州)
出演者・
スタッフ
振付
小原 明子
照明
弓場 克也
音響
矢崎 正勝
その他
「輝かしき開拓者」は1963年、「よろこびの歌」は1978年初演。ブラジル日本移民70周年を記念した1978年のユバ・バレエ団第一回日本公演(各地13カ所)のプログラムは、「輝かしき開拓者」で始まり、日本公演のために創作した「よろこびの歌」がフィナーレだった。

- 2作品共に、弓場農場、日本公演、ブラジル全土で上演。
- 「よろこびの歌」は2021年編集版

上演団体情報

ブラジル・サンパウロ州のアリアンサにある弓場農場のバレエ団。おじいちゃんおばあちゃんから子供まで弓場農場の4世代が共に舞台に立つ。弓場農場は、1935年に弓場勇(1906-1976)と志を同じくする仲間が建設、「耕し、祈り、芸術する」することを生活の理想としてきた。その弓場農場に、1961年、土方巽との共演などでモダンダンサーとして活躍した小原明子(旧姓:図師)が彫刻家の夫・久雄と共に入植、それを機に弓場バレエ団が設立された。1978年にはブラジル日本移民七十周年を記念して、第一回ユバ・バレエ団日本公演が実現。弓場勇の出身地である西宮市を始め、日本各地13カ所で公演を行った。1991年、第二回日本公演。1997年、天皇皇后両陛下来伯歓迎式典で公演。2011年には創立50周年を迎え、1年をかけて数々の記念イベントが開かれた。弓場農場の生活にバレエを定着させた小原明子は生涯をバレエ団と共に生き、2024年9月にこの世を去った。

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