ヘルシンキ市立ダンス・カンパニー委託作品。古川あんずは同カンパニーからの委託で1994年には『春の祭典』を、1995年には『KEPPI(杖)』を振付けている。本作では、アマゾン河で見た色が交わらないまま流れる水やアフリカの女性が壺に朝露を集める姿、ヘルシンキ沖の凍った海など、古川に印象を残した様々な「水」の体験が下敷きとなっている。
Act1退屈した男 / 心の誕生 / 隻手音声 / 水の神話
Act2タブラ・ラサ / フラトレス / カントゥス―ベンジャミン・ブリテンの思い出に
舞踏家・振付家・演出家。74年から78年まで大駱駝艦に参加、75年には同門の田村哲郎と「ダンス・ラヴ・マシーン」を結成、86年まで共に活動した。81年に開講した「ダンス杏スクール」は、第一期から第五期まで断続的に東京やベルリンで開催され、伊藤キムなど力のあるダンサーを輩出した。89年、多国籍のダンサー達と「ダンスバターTokio」を設立、『中国の探偵』を発表。91年にベルリンに移住し、97年までブラウンシュヴァイク教育美術大学で教鞭をとった。ヘルシンキ市立ダンス・カンパニーに振付けるなど、フィンランドのダンサーにも多大な影響を与えた。2001年10月、ベルリンにて死去。
あんず動物紀 [Anzu’ology] Ⅲ
「あんず動物紀」シリーズのうちの3作目となる「鳥」の初演。チラシにはダ・ヴィンチの次の言葉が引用されている。「大地は、その上に憩える一羽の鳥によって動かされる。」プログラム: 1.スーパーマン / 2.ジャスミン・キスミン / 3.月の兎
大駱駝艦の女舞踏手として70年代を共に過した田中陸奥子と古川あんずによる「紅絹(もみ)の会」発足記念公演。「紅絹」とは、 緋紅色に染めた極薄の平絹で、べにばなを揉んで染めることからその名がある。チラシには、アイラ・ガーシュインが作詞した「言い出しかねて(I can't get started)」の訳詞が掲載されている。
古川あんずは1991年にベルリンに移住し、1996年までブラウンシュヴァイク教育美術大学のパフォーミングアーツ学部で教鞭をとっていた。本作は、カフカの『変身』をベースに古川が学生達と創作した作品のダイジェスト版。タイトルの「Verwandlungsamt」は、『変身』の原題でもある「Die Verwandlung」と、事務局や管理局、役所などを表わす「Amt」から成る造語。
1986年ベルリンで開催されたヨーロッパ初の舞踏フェスティバルに参加した古川あんずが、ベルリン芸術アカデミーの庭で踊る。最初にミリアム・ゴルトシュミットによってドイツ語で朗読されるテキストは、土方巽による1985年の講演『衰弱体の採集』からの抜粋。池の中から始まる踊りには「MARY CAKEWALK 」「 FOR A.X. 」「 Last Tango in Berlin」と名がつけられている。
