こまつ座「戦後”命”の三部作」
こまつ座「戦後”命”の三部作」
昭和23年、原爆投下から3年後のヒロシマ。幼いころに母を亡くし、原爆で父を亡くした23歳の福吉美津江は、図書館で働きながら、一人ひっそりと暮らしている。原爆関係の資料は探しにくる青年にほのかな恋心を抱く美津江だが、父親も友達も原爆で失くした美津江は「自分だけが生き残ってしまって申し訳ない、自分はしあわせになる資格はない」と、頑なに淡いときめきに固く蓋をしていた。そんな美津江の前に父・竹造が現われる。
私たちは、人を泣かせたり、笑わせたりしている会社です。
座付作者井上ひさしに関係する作品のみを専門に制作、上演しています。
1983年1月に創立し、84年4月『頭痛肩こり樋口一葉』公演で旗揚げ。
以降、新作、再演、こまつ座旗揚げ以前の井上作品も織り交ぜて、出演者・スタッフとも作品ごとに依頼し、その作品だけの一座を組むプロデュースシステムをとり、年平均4~6作品(200~250ステージ)を上演し続けています。
『父と暮せば』で原爆投下後のヒロシマを描いた井上ひさしが、桜隊の史実をもとに原爆投下直前の広島の3日間を舞台に、戦時下でも演劇を愛し、芝居の力を信じ、「一人ではできないことをしている、一人の人間の力をはるかに超えたなにか大きなもの、なにか豊かなもの、なにかたのしいもの、それを望んで、それをたしかに手にいれている」と身も心も捧げた人々の苦難と喜びを、笑いと歌声を交えながら描く“演劇讃歌”の物語。
昭和庶民伝三部作 第一作
『きらめく星座』は、こまつ座旗揚げ翌年の1985年、井上ひさし自身の演出によって初演されました。「昭和庶民伝三部作」の第一作目である今作は、太平洋戦争前夜の昭和16年12月7日までの約1年間を描いた作品です。今作は井上ひさし唯一の“私戯曲”とも言える作品で、繰り返し上演を重ね好評を博し、2017年公演は8回目の再演にもかかわらず第72回文化庁芸術祭演劇部門にて大賞を受賞しています。
26年という短い啄木の一生の最晩年の3年間を、啄木の死の翌年、作品を残された妻・節子が回想するという形で描かれた本作は、貧しさと病に喘ぎながらも、人生の辛苦に耐え忍び健気に生きる啄木、また時に我儘で身勝手でそして剽軽な青年啄木の家庭劇でもあります。
大正七(一九一八)年十二月二十六日、宮沢賢治は、故郷花巻から東京に入院している妹・とし子の見舞いを目的に上野行きの夜行列車に乗り込んだ。その手には大きな革のトランクが握りしめられ、たくさんの願いが詰め込まれていた。「大好きな音楽を聞き、エスペラント語の勉強をする。そのためには家の重圧から逃れ、父の庇護の下を離れなければならない。そして何よりも真の生き方を探すことである」賢治は、東京に理想郷を求めて
