1980年に京都を拠点に創業された白虎社は、同年5月の旗揚げ公演『秘鳴の森』(立命館大学)を皮切りに81年にかけて関西圏の大学の学園祭を巡演した。本映像は80年10月、同志社大学での『鯢骨の森』を収める。上半身裸で輿を運ぶ役を担っているのは、学園祭実行委員会や学園祭スタッフの学生達。枕を頭につけて背中を向けて踊る男性群舞「背中の踊り」や女性の群舞「箒の踊り」など、後の複数の作品に取り入れられる要素が多く見られる。
1980年に設立され、1994年の解散まで京都を拠点に活動した舞踏団。主宰は舞踏家・大須賀勇。独自のアジア的感性を通じて、芸術と芸能を串刺しにする「明るい暗黒」を表出させ、原初のエネルギー渦巻く舞台を展開した。テレビへの出演、ダンスビデオ作品の制作など、それまでの舞踏の枠を広げた活動も積極的に行い、夏には熊野の山奥で、第一線で活躍する様々なジャンルの講師を招いて舞踏体験合宿を開催した。代表作は「ひばりと寝ジャカ」。大須賀は1990年、京都府文化賞功労賞を受賞。
静岡県掛川市にあった「掛川座(かけがわざ)」の閉館イベント「私達の掛川座よ さようなら」で、白虎社の出前芸術体が上演した「ニュー逢魔が時ー掛川座封印によせてー」の記録。掛川座は明治42年に建てられた回り舞台も備えた本格的な芝居小屋で、戦後には映画も上映した。村松友視の講演や『掛川座: ぼくのシネマパラダイス』の著書もある土屋智宏の詩の朗読など様々なプログラムの最後に白虎社が登場、女性舞踏手は花火、
出前芸術体 ーアートボデックー
1992年、神楽坂に「大人向けのディスコ」をコンセプトに開店した「神楽坂TwinStar(ツインスター)」。そのオープニング記念スペシャル・ライブに白虎社が「出前芸術体」として登場、花魁ショーや金粉ショー等を繰り広げた。白虎社が公演活動と並行して行っていた「出前芸術体」は、結婚式から一般家庭の誕生日パーティ、コンサートやCM出演まで場を選ばず、「舞踏」のイメージにとらわれない「よりスリリングな見世
京都を拠点に大須賀勇を主宰として創業された舞踏グループ「白虎社」の旗揚げ公演。この後白虎社は、81年にかけて関西圏の大学の学園祭を巡演した。この後にはほとんど登場することがなかった蛭田と会山による「じゃがたらお春」の「怒り鶏」「泣き鶏」の他、後に白虎社の代表作となる『ひばりと寝ジャカ』に取り入れられる「くじらの花嫁」「内臓の虎」などがすでに踊られている。
「キメラ」、「漂流教室」、「光の王国」のダンスビデオ作品三部作。白虎社は1987年9月にメルボルンのフェスティバルに参加、公演終了後にアボリジニーの聖地と言われる赤い砂漠等で撮影した。1987年東京国際ビデオビエンナーレにてグランプリ・ファンドを受賞。
