1983年の初演以来、1985年の東京公演では「<喧噪>や<愚行>を現代の視点でとらえ直す等の舞台芸術活性化への貢献」によって第17回舞踊批評家協会賞を受賞し、欧州ツアーでも熱狂的に迎えられた白虎社の代表作「ひばりと寝ジャカ」のオーストラリア初演。
演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
1980年に設立され、1994年の解散まで京都を拠点に活動した舞踏団。主宰は舞踏家・大須賀勇。独自のアジア的感性を通じて、芸術と芸能を串刺しにする「明るい暗黒」を表出させ、原初のエネルギー渦巻く舞台を展開した。テレビへの出演、ダンスビデオ作品の制作など、それまでの舞踏の枠を広げた活動も積極的に行い、夏には熊野の山奥で、第一線で活躍する様々なジャンルの講師を招いて舞踏体験合宿を開催した。代表作は「ひばりと寝ジャカ」。大須賀は1990年、京都府文化賞功労賞を受賞。
白虎社初の熊野野外公演の記録。オリジナルは8mmで撮影されており、公演の一部が別の音楽と共に編集されている。大須賀勇が凧にのって運ばれてくるシーンや、声は聞こえないものの蛭田早苗と会山軽子の「じゃがたらお春-怒り鶏・泣き鶏」が収録されている。白虎社は1980年から熊野において夏期舞踏体験+芸能文化セミナー体験合宿を毎年のように開催し、恒例となった合宿生の成果発表はこの公演と同じタイトルで行われてい
大胆で個性的な製品で知られた京都の老舗着物メーカー小松屋の「蔵人グループ」の旗上げショー。会場は京都国際会館のエントランス野外で、当日は雷雨に見舞われたが無事に開催された。着物地を素材とした「16世紀吠える男どもの衣装」を白虎社の男性舞踏手がまとって踊る。白虎社のニュースレターに掲載された「蔵人」の広告には、「蔵人とは〇〇に逆らって造った 本当はプライベートブランドです」とある。
関西テレビで放映されていた公開トーク番組「ノックは無用」に白虎社が出演した。番組は横山ノックと上岡龍太郎が司会を務め、毎週土曜日に放送された。この収録で上岡に気に入られ、白虎社は他のTV番組にも呼ばれるようになり、テレビ、映画、ミュージックビデオなど活動の場をひろげた。80年代、白虎社はそのインパクトから舞踏グループとしてはメディアへの露出が多く、舞踏公演を見ない層にも知られた存在だった。
出前芸術体 ーアートボデックー
日本のグランドキャバレーを模した香港のナイトクラブ ”ボルボ” における、白虎社の「出前芸術体」による「ミラクルレポート」スペシャルライブショー。白虎社が公演活動と並行して行っていた「出前芸術体」は、結婚式から一般家庭の誕生日パーティ、コンサートやCM出演まで場を選ばず、「舞踏」のイメージにとらわれない「よりスリリングな見世物(パフォーミングアーツ)」を目指して、「からだ」と「芸術」を出前した。
