白虎社最後の海外ツアーの様子を収録。世界各地で公演してきた白虎社としては初めての中南米で、メキシコとブラジルで『ひばりと寝ジャカ』を上演した。映像はツアーの日常が中心で、小道具を作る様子なども見ることができる。メキシコのヒリトラにあるシュルレアリスムの楽園「ラス・ポサス」の訪問や、帰国後の京都の稽古場での様子も収める。このツアーの翌年、1994年に白虎社は解散した。
1980年に設立され、1994年の解散まで京都を拠点に活動した舞踏団。主宰は舞踏家・大須賀勇。独自のアジア的感性を通じて、芸術と芸能を串刺しにする「明るい暗黒」を表出させ、原初のエネルギー渦巻く舞台を展開した。テレビへの出演、ダンスビデオ作品の制作など、それまでの舞踏の枠を広げた活動も積極的に行い、夏には熊野の山奥で、第一線で活躍する様々なジャンルの講師を招いて舞踏体験合宿を開催した。代表作は「ひばりと寝ジャカ」。大須賀は1990年、京都府文化賞功労賞を受賞。
京都に拠点を置いていた白虎社は、着物のファッションショーへの出演など西陣織の関係者と数々のコラボレーションを行った。本公演は白虎社の代表作『ひばりと寝ジャカー男は寝床、女はおしゃれー』の初演。映像では冒頭の剃髪シーンは収録されていない。「西陣織工業組合100周年協賛公演・'84ロスアンジェルスオリンピック"シビル・ウォーズ”参加記念」と銘打った公演だったが、"シビル・ウォーズ”への参加は最終的には
1980年に「白虎社」を立ち上げることになる大須賀勇は、1976年の東南アジア舞踏行脚を経て、翌年「東方夜總會」を創業した。本映像は吉祥寺のライブハウス曼荼羅で行われた東方夜總會創業公演を収録。チラシによれば演じられた演目は「山王ギャマン糖ー劇場を支える踊り子への招待」。白虎社の代表作『ひばりと寝ジャカ』や他の作品へと昇華するさまざまな原型が見てとれる。音楽も後によく使われた曲が多いが、後から編集
白虎社は公演以外でも「出前芸術体」として、「からだ」と「芸術」を出前、一般家庭のパーティからコンサートやCM出演まで幅広く出没した。本映像には以下の白虎社出演部分が収められている。・石井聰亙監督「アインシュテルツェンテ・ノイバウテン 半分人間」(1986)・布袋寅泰ソロ・コンサート「GUITARHYTHM」より”WIND BLOWS INSIDE OF EYES”(1988)・TBSテレビ「ザ・ベ
「キメラ」、「漂流教室」、「光の王国」のダンスビデオ作品三部作。白虎社は1987年9月にメルボルンのフェスティバルに参加、公演終了後にアボリジニーの聖地と言われる赤い砂漠等で撮影した。1987年東京国際ビデオビエンナーレにてグランプリ・ファンドを受賞。
