西ドイツのインダストリアル・ノイズ音楽バンド、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテンのライブを描いた映画『半分人間』(1986年公開、石井聰亙監督)のために撮影された映像。大須賀の手元に保管されていたのは16mmポジで、本編では使われていない。撮影は渋谷の雑居ビルから始まり、この映像の舞台となった荒川のそばの屠殺場の匂いのする場所で夜を徹して行われた。舞踏手は金粉を塗っているが、普段白塗りでする動きを踊っている。この動きで松明を持つのは珍しい。
1980年に設立され、1994年の解散まで京都を拠点に活動した舞踏団。主宰は舞踏家・大須賀勇。独自のアジア的感性を通じて、芸術と芸能を串刺しにする「明るい暗黒」を表出させ、原初のエネルギー渦巻く舞台を展開した。テレビへの出演、ダンスビデオ作品の制作など、それまでの舞踏の枠を広げた活動も積極的に行い、夏には熊野の山奥で、第一線で活躍する様々なジャンルの講師を招いて舞踏体験合宿を開催した。代表作は「ひばりと寝ジャカ」。大須賀は1990年、京都府文化賞功労賞を受賞。
1980年から始まった白虎社による関西一円大学祭ツアーでは81年に『少年少女のくす玉』を上演。本映像には、京都市立芸術大学でのリハーサルの一部と本番の前半部分が収められている。80年に同志社大学で上演された『鯢骨の森』と重なる部分も多いが、踊り手の数が増えている。上半身裸で輿を運ぶ役を担っているのは、学生達。「人間時計」と称し白虎社により針として時計にくくりつけられた者もいた。雪が降るほどの寒さの
後楽園球場の3塁側客席にテントを張って行われたイベント「新世紀末ライブ月世界旅行」2日目。1日目は「ディアーナの夢」と題して東京グラン・ギニョルなどが出演、2日目の「ガイアの夢想」に白虎社、細野晴臣のバンドF.O.Eや原田大三郎等が出演し、コラボレーションした。白虎社は舞踏フェスティバル'85での公演を10日後に控えており、上演作品『ひばりと寝ジャカ』の動きの多くを違う衣装や音楽でショー的にコラー
1980年に京都を拠点に創業された白虎社は、同年5月の旗揚げ公演『秘鳴の森』(立命館大学)を皮切りに81年にかけて関西圏の大学の学園祭を巡演した。本映像は80年10月、同志社大学での『鯢骨の森』を収める。上半身裸で輿を運ぶ役を担っているのは、学園祭実行委員会や学園祭スタッフの学生達。枕を頭につけて背中を向けて踊る男性群舞「背中の踊り」や女性の群舞「箒の踊り」など、後の複数の作品に取り入れられる要素
1982年11月に実施された白虎社のインドネシアツアー記録。ジャカルタ、バンドン、ソロ、ジョグジャカルタ、バリ島で「秘鳴の森」を上演した。ガムランやレゴンダンスなど地元のアーティストとのコラボレーションも行い、音楽は松尾泰伸が巡行先の音楽家と共同作業した。このドキュメントでは公演準備や公演映像の他、バリ舞踊を踊る少女達など現地の人々の様子も収録、加えて大須賀勇の解説も挿入されており、白虎社の求めて
