京都に拠点を置いていた白虎社は、着物のファッションショーへの出演など西陣織の関係者と数々のコラボレーションを行った。本公演は白虎社の代表作『ひばりと寝ジャカー男は寝床、女はおしゃれー』の初演。映像では冒頭の剃髪シーンは収録されていない。「西陣織工業組合100周年協賛公演・'84ロスアンジェルスオリンピック"シビル・ウォーズ”参加記念」と銘打った公演だったが、"シビル・ウォーズ”への参加は最終的には叶わなかった。
1980年に設立され、1994年の解散まで京都を拠点に活動した舞踏団。主宰は舞踏家・大須賀勇。独自のアジア的感性を通じて、芸術と芸能を串刺しにする「明るい暗黒」を表出させ、原初のエネルギー渦巻く舞台を展開した。テレビへの出演、ダンスビデオ作品の制作など、それまでの舞踏の枠を広げた活動も積極的に行い、夏には熊野の山奥で、第一線で活躍する様々なジャンルの講師を招いて舞踏体験合宿を開催した。代表作は「ひばりと寝ジャカ」。大須賀は1990年、京都府文化賞功労賞を受賞。
白虎社は京都・東九条にある稽古場付きの合宿所で共同生活を営んだ。本映像でカメラは京都の街中から合宿所までの道のりを辿り、研修生への稽古を撮影している(一部、白虎社の舞踏手も参加している)。研修生への稽古は週に1,2回夜に行われており、映像では蛭田早苗が基礎練習を中心に教える。舞踏だけでなく、生活費を稼ぐためのキャバレーでのショーの動きも教えた。一方、映像にはないが、公演前の舞踏手への稽古は格段に厳
弁天島海上野外劇場
白虎社の主宰である大須賀勇が芸術総監督を務めた「クマノ・スパーク(熊野国際アートフェスティバル)」での、白虎社と豪華音楽陣による月光夜想曲、『月神(つきがみ)さんの輝く都』の映像記録。大須賀の総合演出による当該フェスティバルのみのオリジナル作品。<自然との融合>をめざすこのフェスティバル期間だけ、那智湾に浮かぶ弁天島へ約130mの仮設橋が架けられ、弁天島の大岩を背景とした海上野外劇場が出現した。
白虎社初の熊野野外公演の記録。オリジナルは8mmで撮影されており、公演の一部が別の音楽と共に編集されている。大須賀勇が凧にのって運ばれてくるシーンや、声は聞こえないものの蛭田早苗と会山軽子の「じゃがたらお春-怒り鶏・泣き鶏」が収録されている。白虎社は1980年から熊野において夏期舞踏体験+芸能文化セミナー体験合宿を毎年のように開催し、恒例となった合宿生の成果発表はこの公演と同じタイトルで行われてい
京都を拠点に大須賀勇を主宰として創業された舞踏グループ「白虎社」の旗揚げ公演。この後白虎社は、81年にかけて関西圏の大学の学園祭を巡演した。この後にはほとんど登場することがなかった蛭田と会山による「じゃがたらお春」の「怒り鶏」「泣き鶏」の他、後に白虎社の代表作となる『ひばりと寝ジャカ』に取り入れられる「くじらの花嫁」「内臓の虎」などがすでに踊られている。
