大野一雄フェスティバルで観客の楽しみのひとつとなっていた、横浜の街を移動しながらダンス公演を観覧する「横浜ダンス界隈」。2008年は「移動シアター/DoCodeMo System」を導入、伊勢佐木町から新港埠頭までの日常の場を「劇場」に転化した。
演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
1949年大野一雄現代舞踊第一回公演を機に設立され、1961年に横浜市保土ケ谷区に稽古場が建設された。以来、大野一雄、大野慶人の創作の場として数々の作品を生み出すと共に、公演、ワークショップ、出版などの事業主体となって活動の基盤を担ってきた。
大野一雄の代表作。1981年初演。西洋料理を得意とし、琴をよくしたモダンな母親の想い出が核となっている。プログラムには、幼い子供達を亡くし拝む母のこと(「花電車」)、死の床にある母の言葉(「遺言」)などのテキストが掲載され、具体的なモチーフを伺い知ることも可能だが、舞台上の動きは抽象的である。作品中に登場する「おぜん」は、母を象徴している。
大野慶人を被写体とする16ミリフィルム映像。2018年に大野慶人宅で発見されたものだが、撮影の経緯など詳細はわかっていない。無音の映像で、制作途上のフィルムである可能性もある。1969年に開催された大野慶人ソロ公演のポスター写真に衣装とメークが酷似しており、公演を準備している時期に鎌倉の海で撮影されたものではないかと推測されている。
舞踏家・大野一雄は2010年6月1日に103歳で亡くなった。その年、世界各地で追悼の集いが行われたが、2004年から毎年開かれていた「大野一雄フェスティバル」も11月から12月にかけて、「大野一雄の世界」を共有することを主眼に開催された。オープニング公演を含む三夜は「終わりのない舞踏会」として同フェスティバルのそれまでの参加者や公募参加者などによる短い作品を連続上演した。「O氏への旅 O氏からの旅
舞踏を舞踏たらしめた土方巽と大野一雄の両雄をカラダに棲まわせていた大野慶人が、土方巽による振付作品、大野一雄の「ラ・アルヘンチーナ頌」から「ディヴィーヌ抄」、そして自身の「花」と「鳥」を踊る。大野一雄フェスティバル2013にて初演。
