碧血碑――。北海道・函館にある、戊辰戦争で死んだ
旧幕府軍の侍を祀った碑である。
義に殉じた男の血は三年経つと、碧色の宝石に変わるという、
荘子にある故事から命名された。
太平洋戦争直後の焼け跡。碧血碑を前に、
倭人を憎むアイヌの男と、アイヌを憎む倭人の男の、義を巡る友情譚。
演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
昭和46(1971)年、早野寿郎(故人)・小沢昭一等が中心となって活動していた劇団俳優小劇場が解散を余儀なくされた為、演出家・早野寿郎を主宰者として、昭和49年1月現在の劇団俳小が創立された。
ヨーロッパ・アメリカ演劇から、日本の古典、新作、あるいは、詩や小説をそのまま舞台にのせたりと、一定の演劇理念にとらわれず、幅広い演劇活動を続けながら、舞台芸術の原点を探る演劇創造集団として再出発した。
数々の賞を受賞し、また、文化庁主催公演に数多く取り上げられるなど、意欲的な活動を続けている。
大正時代から昭和初期、種田山頭火と尾崎法哉という二人の偉大な俳人によって、季語や五七五という定型句にとらわれない自由律俳句が大いに花開く。制約がない句形だからこそ、俳人たちの技量、センス、感受性が問われる。そのためには、自らの人生をすべて賭けることをしてでも、美しい言葉や最も相応しい律を研鑽しなくてはならない。美しい日本語とはどういうものか、さらに、人間の真の自由な生き方とはどういうものか……。ネ
昭和30年、東京都豊島区椎名町にあるおんぼろアパート「トキワ荘」―。漫画が単なる子どもの娯楽でしかなかった頃、その漫画に魅せられた若者たちが、熱心に語り合い、真剣にぶつかり合い、そして悪戦苦闘しながらも漫画の中に『夢』を、『希望』を描き続けてた!!これが、今後、世界を席捲していくことになる戦後日本マンガの黎明期だ!!
1958年、長嶋茂雄が巨人軍デビューを果たし、東京タワーが竣工した。まだ米軍統治下にあった沖縄の高校が甲子園に初出場したその日、沖縄の道路から車が消えた―野球による本土完全復帰にかけたオトナ達のセイシュン―
どこにいるのか、袴垂れ。どこへいくのか、袴垂れ。 理想を掲げた共同体がどこから生まれ、どこへ行きつくのか…現代日本の抱える問題に鋭く切り込む!軽快で絶妙なセリフの応酬、変幻自在のムーブメントに乞うご期待!
