吉原の三味線芸者お園は、文久三年、攘夷論と開港論の渦巻く横浜の遊郭岩亀楼に流れ着いた。
そこには、同じ吉原で花魁だった亀游が病に臥せっていた。岩亀楼の通訳藤吉とお園の愛情溢れる看病で病の癒えた亀游は久し振りに店に出た。その座敷にはアメリカの商人イルウスの通訳として、想い人の藤吉がいた。亀游は悲運なこの出会いに失神し、藤吉は狼狽する。イルウスが亀游の美しさに感嘆し、身請けすると言い出すと、岩亀楼の主人は法外な値段で亀游を売りつけた。困り果てたお園が亀游の部屋に行くと、亀游は自らの手で命を絶っていた。
それから二ヶ月もたたぬ頃、妙な瓦版が現れた。遊女亀游は異人に万金を積まれたが、紅毛碧眼に身を汚されるよりはと、親より伝わる懐剣で咽を突いて見事は最後を遂げたと。しかも辞世の一首まで添えられていた。
露をだにいとふ倭の女郎花
ふるあめりかに袖はぬらさじ
お園はこんな嘘と笑うが、店には瓦版の噂を聞きつけた客が押しかけて大繁盛。機を見るに敏な主人は店を攘夷の店に衣替え、お園は花形芸者になるが……。
演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
劇団創立から85年を超える老舗劇団。日本の創作劇、和物、海外戯曲と幅広く上演。
生涯に93回引っ越したという北斎が僅かな家具道具を載せた大八車を曳き、娘のおえいが押している場面から始まる。絵を描く事にしか興味がない葛飾北斎、絵師としてまるでうだつの上がらない歌川国芳、武士でありながらいずれは絵の道に専念したいと願う渡辺崋山。彼らは今日も北斎の家に集い、議論を戦わせていた。そこには北斎の弟子で、腕はいいのに師匠の世話ばかりしている蹄斎北馬、父北斎に振り回されながら、やがては自分
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昭和六十三年度文化庁芸術祭
湖の美しい松江城下、松江藩浅香市之進の妻、おさいは、年頃の娘お菊とわんぱく盛りの息子虎次郎の三人で、主人の江戸詰めの留守をしっかり守っていた。一方「鑓の権三」とうたわれるほどの武芸の達人笹野権三は誰からも愛される藩内随一の美丈夫である。この頃凶作が続き藩財政も苦しく青年武士たちにとっての出世栄達の途はすでに武芸にはなく、茶道などの遊芸にわずかなチャンスを狙うよりほかはない。権三もまた例外ではなかっ
