1973年、演劇実験室◎天井桟敷の「市街劇」として東京都杉並区高円寺の小さな公園で上演された作品を、中池袋公園および豊島公会堂で見世物ミュージカルに変容させ、2012年「いま・ここの劇」=豊島区テラヤマ・プロジェクト第一弾として上演。一人の余分な人間が「勃発」するという事件のドラマを天野天街、村井雄、流山児祥の「3世代の演出家」が共同演出。音楽:J・Aシーザー、振付:前田清実、総勢50名近くの出演者で大スペクタクルに創り上げた。その後、3年間に渉ってテラヤマ・プロジェクトは続いた。
演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
演出家・俳優の流山児祥が、小劇場の横断的活動を目的として1984年に設立。劇団でありながらプロデュース色の強い公演を行ってきた。2000年からは海外に進出し、近年は台湾の劇団と共同制作を行う等、精力的に活動を続け、国内での公演では、歌舞伎、シェイクスピア、寺山修司や唐十郎のアングラから最前線の劇作家の新作、名古屋や大阪で活躍する才能の発掘、韓国の現代演劇、ブロードウエイ・ミュージカルとジャンルを問わず、果敢に上演している。また、シニア演劇の可能性を広げる活動も続けている。
『むこうの世界』へ旅立つことを夢見て、さすらう人々の群れ。いつしか、その夢は立ち消え、現実的世界に引き戻されてしまう…。鄭義信が寺山の劇世界をベースに描く少年の希望と世界の果て。寺山劇の単なる復元ではなく、全編に寺山作品の断片をちりばめ、寺山が愛用した「世界の果て」というモチーフを使いながら鄭自身の劇世界に寺山修司を引き寄せる形で新しい物語を作り上げた。1997年版は作者鄭義信自らが演出を担当。「
映画『田園に死す』(1974年公開)は寺山修司の自伝的映画とよばれ「世界のテラヤマ」の名を決定付けた作品。「母殺し」、「家出」、「蛍火」、「恐山」など寺山劇世界(ワールド)の集大成が、ここにあり、終生こだわり続けた《記憶とは何か?》《私とは何か?》というテーマを提示している。2009年流山児祥:企画制作、天野天街:脚色・演出、J・Aシーザー:音楽で上演。スズナリ連日超満員札止めのロングラン公演とな
1980年『月蝕歌劇団』、1981『黄金箱』につづく流山児祥(演出)+高取英(劇作)の戦前派三部作の完結編。昭和15年(1940年)、東京を、怪奇紅マントの噂が席巻した。「婦女子を誘拐し凌辱する」紅マントの噂とはいったい何だったのか?日中戦争(支那事変)から太平洋戦争(大東亜戦争)へとうつりゆく戦争下、当局は、紙芝居「紅マント」を弾圧、焼却した。燃えていく紙芝居は、紅マントの噂を消滅させたというよ
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