妻が町内会の温泉旅行中に心臓麻痺で突然亡くなった。康夫は、長年連れ添った妻の急死を受け入れることができず取り乱してしまう。日常生活の中に悲しみを埋めていく中、5人娘たちの思い出話から康夫が知らない妻民子の姿が浮かび上がってくる。
王貞治が世界ホームラン記録を達成しようとしていた1977年夏。
一枚のレコードに刻まれた夫婦の記録と記憶から、哀しくて可笑しくて、どこか懐かしい家族のドラマが展開する。
演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
劇団俳優座に在籍していた10名の若手俳優たちが日本の現実を反映させた創作劇の上演を強く願い、1954年劇団青年座を創立しました。現在劇団員と研究生をあわせ約200名が所属。創作劇の他、海外現代戯曲、過去の秀作等、幅広いレパートリーを有しますが、創立からの基本理念は変わることはありません。今後も日本の創作劇上演を柱にした公演活動を続けることによって、日本演劇の民主的発展に寄与し、舞台芸術を通して日本文化の向上をはかることを目的として活動します。
1936年1月日本新聞聯合社を母体に発足した同盟通信社は、6月に日本電報通信社通信部を合併して、イギリスのロイター通信、アメリカのAP通信、フランスのAFP通信に対抗する大日本帝国の通信社として誕生した。情報部に新設した海外情報分析室に配属された記者は、連合軍側の外電やラジオを傍受して必要な情報を分析し陸軍と外務省に情報提供する任務に就く。客観的事実の報道か、国策のための宣伝か。時代に翻弄された通
劇団青年座創立四拾周年記念公演:1
平将門をめぐる権謀術数に明け暮れた男達の汗と血潮と、そこにからみつく女達の激情に翻弄された人々の愛のものがたり。京都に壮大な平安文化を繰り展げてきた公家社会にしのびよる新しい勢力、武力をもってその存在を中央に認識されようとする時代に将門は生きた。いつの時代にも大きな転換期に登場する英雄にまつわるものがたりは哀しい。しかし、人々は、地にへばりついて生きながら、彼等のものがたりを語り継いできた。それは
(フライヤーより)お寺の池に棲む蛙たちにとって、百舌やねずみや蛇たちは、生命をおびやかす憎い敵であった。何故こういう目にあいつづけるのか──。頭をかかえこむばかりの老蛙たちをにがにがしく思っていたブンナは、持ち前の行動力を活かして、憧れの空をめざし、椎の木に登る。しかしそこで彼が見たものは、それまで自分の敵であった百舌やねずみや蛇たちが、無残にも鳶の食糧となり死んでゆく姿だった。敵の上にはさらに大
昭和17年1月8日亜也子は北浦家へ嫁いだ。祝言の日、姑・操との葛藤は火花が散り、夫・清三郎には召集令状がまい込む。姑夫婦、小姑、疎開してきた親子までを亜也子一人で養って行かなければならなくなった。土地のクセ者とわたりあい、あらゆる手段で生き抜いていく。銃後もまた戦場である。終戦をむかえても亜也子の戦いは益々困難をきわめていく。そして日はめぐり、大晦日。ささやかな餅つきの場に、戦死したはずの清三郎が
