重大なミッションを果たすべく、イン・ビトゥイーン号が、四人の乗組員と一体のアンドロイドを載せて、宇宙を漂泊しています――
『宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓』では、内容的な〈リアリティ〉と形式的な〈リアリティ〉、どちらの〈リアリティ〉も複数、並列的に提示されます。
演劇において、舞台の上で、せりふがある言語で発される……。
そのことの意味・機能についても、『宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓』では複数のそれらが提示されます。
それは、あたかもマルチヴァースのようだ、と言えるかもです。
『宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓』は、「日本語を母語としない俳優が日本語で演じる演劇」と聞いて多くの人がイメージするとおぼしきもの、とはおよそ異なるすがた・かたち・はたらきを備えた演劇作品です。
岡田利規
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岡田利規が全作品の脚本と演出を務める演劇カンパニーとして1997年に設立。
独特な言葉と身体の関係性を用いた手法が評価され、現代を代表する演劇カンパニーとして国内外で高い注目を集める。その日常的所作を誇張しているような/していないようなだらだらとしてノイジーな身体性は時にダンス的とも評価される。
2012年、チェルフィッチュと岡田利規は、また新たなそして重要な変化の局面を迎えることとなりました。2011年3月11日に起きた東日本大震災とその後の原発事故によって大きく変わってしまった日本の社会状況に影響を受け、変化した岡田自身の演劇に対する態度が、まぎれもなく本作品に反映されています。不吉な雲と、村が破壊するという噂。噂を信じるのか、信じないのか。状況に対して変化するのか、しないのか。「村」
いま・ここにいる人間のためだけではない演劇は可能か?人とモノが主従関係ではなく、限りなくフラットな関係性で存在するような世界を演劇によって生み出すことはできるのだろうか? 東日本大震災で大きな被害を受けた岩手県陸前高田市では、失われた住民の暮らしを取り戻すべく、津波被害を防ぐ高台の造成工事が行われている。もとの地面から嵩上げされる高さは10メートル以上。そのための土砂は、周辺の山をその原型を留めな
ある契約社員の女性がファミレスで毎日の出勤前に過ごす、ささやかで、大切でちょっと異様な30分の「フリータイム」を描く。チェルフィッチュは本作で、これまでに継続的に行われてきた演劇的ナラティブへの模索を、さらなる抽象へ向けて加速させた。KUNSTENFESTIVALDESARTS(ブリュッセル)、Wiener Festwochen(ウィーン)、Festival D'automne(パリ)による初めて
舞台は、衆議院選挙が行われた2009年8月30日とその前日。高層マンションの購入を控えたある裕福な夫婦とその周辺の人々をめぐって、彼らの抱える漠然とした不安が語られる。この時代における「幸福」とは何かというテーマのもと、格差社会の見えにくい現実を、平易なテキストと、おざなりな表象行為を排した身体によって浮き彫りにしていく。本作で、それまでのチェルフィッチュの方法論を次なる次元に押し進め、時空間をよ