七十年前、「聖戦」の名のもとに起こった日本の侵略戦争によって、町から村から男たちは戦場に駆り出され、多くのものが閃光のようにその命を散らした。女たちに残されたものは一通の手紙と、はるかな苦難の道だった。 戦没農民兵士たちが生前、家族にしたためた真情あふれる手紙と、若くして戦争未亡人となった女たちが、歩まざるを得なかった苦難の道を語った証言を、一人の語り手と三人の兵士に仮託して構成された朗読劇。
語り継がなければならないこと、忘れ去ってはいけないこと。 名もない人たちの、命にも似た大切な言葉が指し示す真実。
演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
劇団文化座は戦時下の1942(昭和17)年2月26日に結成される。同年4月第1回公演梅本重信作『武蔵野』で旗揚げ。敗戦間際の昭和20年6月、日本の現代劇の紹介という名目で満州に渡り2か月後に敗戦を迎え、一年間の難民生活を経て帰国。以来、「戦争と日本人」にこだわった作品、日本の底辺に生きる人々に寄り添った作品、現代を映す鏡となる現代劇を生み出し続けている。
瞽女(ごぜ)は、「盲御前(めくらごぜん)」という敬称に由来する日本の女性の盲人芸能者。近世までにはほぼ全国的に活躍し、20世紀には新潟県を中心に北陸地方などを転々としながら三味線を弾き唄い、門付巡業を主として生業とした旅芸人である。1919年(大正八)年。高田市大瀧山天林寺では、瞽女たちの年に一度の祭りともいうべき妙音講が執り行われていた。儀式も終わり、瞽女たちが無礼講となっている中、境内の影に身
感動の浅田次郎作品、初の舞台化! 「鉄道員(ぽっぽや)」「壬生義士伝」「蒼穹の昴」など数々のベストセラーを世に送りだし幅広い年齢層の人々に圧倒的な支持を受けている浅田次郎氏。その作品群の中でもひときわ光彩を放つのが「天国までの百マイル」です。同作品はすでに映画化、ドラマ化されています。そして今、文化座が挑む初の舞台化。親子の深い絆、男女の切ない恋、そして人と人との出逢い。<愛と勇気と再生>の物語を
歌合というのは、越後の親不知から、断崖を削ぎ割ったようにして入りこむ歌川渓流にそい、約5キロばかり山奥へのぼりつめたところにある寒村である。戸数はわずかに十七戸。大正八年、この村に住む瀬神留吉という男の許へ、おしんという美しい娘が嫁いできた。不幸な生い立ちのおしんにとって、留吉と老母いねとの生活は、貧しいながらも初めて仕合わせな生活と呼べるものであった。だが、夫の留吉が杜氏として伏見へ出稼ぎに出て
1960年代、四国は観音寺、そこにはキラキラとした青春が息づいていた。ロックに魅せられた<ちっくん>とその仲間たちはバンド『ロッキング・ホースメン』を結成、高校の三年間という熱き時間を疾走していく。楽器を手に入れるためのアルバイト、練習、合宿、友情、恋、出会いと別れといった、誰もが経験するような、しかし誰のものとも違うかけがえのない青春がそこにはあった!
