26年という短い啄木の一生の最晩年の3年間を、啄木の死の翌年、作品を残された妻・節子が回想するという形で描かれた本作は、貧しさと病に喘ぎながらも、人生の辛苦に耐え忍び健気に生きる啄木、また時に我儘で身勝手でそして剽軽な青年啄木の家庭劇でもあります。
演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
私たちは、人を泣かせたり、笑わせたりしている会社です。
座付作者井上ひさしに関係する作品のみを専門に制作、上演しています。
1983年1月に創立し、84年4月『頭痛肩こり樋口一葉』公演で旗揚げ。
以降、新作、再演、こまつ座旗揚げ以前の井上作品も織り交ぜて、出演者・スタッフとも作品ごとに依頼し、その作品だけの一座を組むプロデュースシステムをとり、年平均4~6作品(200~250ステージ)を上演し続けています。
ぼんぼん盆の十六日に地獄の地獄の蓋があく ────夭折した明治の女流作家・一葉を取り巻く5人の女性たちが織りなすこの世とあの世の境界線。景気で浮かれる上層と下層の間で、美しい文体で時代ともに生き抜いたあらゆる階級の女性達の頂上から底までを見た一葉...。24歳6か月の若さでこの世を去るまで多くの名作を発表した夭折した天才女流作家の"奇跡の14か月"とは...。
国民的はなし家、円生と志ん生。うちひしがれた戦後の日本人を心底笑いで励ますことになるこの二人の大名人は、敗戦のときを満洲南端の都市大連で迎えていた。ソ連軍の侵攻と同時に大連は封鎖され、日本国からは見捨てられる。二人がふたたび祖国の地を踏んだのは、じつに六百日後のことであった。 戦禍の街を命からがら逃げまどう二人のはなし家。巡りあうのは、まるで地獄のような情景ばかり。住む家もなく、食べる物もなく、し
大正七(一九一八)年十二月二十六日、宮沢賢治は、故郷花巻から東京に入院している妹・とし子の見舞いを目的に上野行きの夜行列車に乗り込んだ。その手には大きな革のトランクが握りしめられ、たくさんの願いが詰め込まれていた。「大好きな音楽を聞き、エスペラント語の勉強をする。そのためには家の重圧から逃れ、父の庇護の下を離れなければならない。そして何よりも真の生き方を探すことである」賢治は、東京に理想郷を求めて
1994年、戦後49年目の年に誕生した二人芝居『父と暮せば』。1995年より日本各地を巡る全国公演を開始。戦後60年を迎えた2005年までに、通算368ステージを数え、『紙屋町さくらホテル』『リトル・ボーイ、ビッグ・タイフーン』の原点ともなった。女優栗田桃子を迎えて、装いも新たに上演。次世代に語り継ぎたい、井上戯曲の傑作にしてこまつ座のライフワーク。
