1985年6・7月、白虎社は五大陸巡り世界舞踏キャラバン隊第一弾として2tの荷物と共に2ヶ月のイスラエル・ヨーロッパツアーに出た。イスラエル、西ドイツ、スイス、イタリア、ベルギー、フランスと周り、「ひばりと寝ジャカ」を27回上演、約20,000人の観客を動員した。本映像はそのツアー記録。公演映像の一部の他、リハーサルや楽屋の風景、各地の街に繰り出して計36カ所で行った路上デモンストレーションの様子なども収められている。
演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
1980年に設立され、1994年の解散まで京都を拠点に活動した舞踏団。主宰は舞踏家・大須賀勇。独自のアジア的感性を通じて、芸術と芸能を串刺しにする「明るい暗黒」を表出させ、原初のエネルギー渦巻く舞台を展開した。テレビへの出演、ダンスビデオ作品の制作など、それまでの舞踏の枠を広げた活動も積極的に行い、夏には熊野の山奥で、第一線で活躍する様々なジャンルの講師を招いて舞踏体験合宿を開催した。代表作は「ひばりと寝ジャカ」。大須賀は1990年、京都府文化賞功労賞を受賞。
出前芸術体 ーアートボデックー
1992年、神楽坂に「大人向けのディスコ」をコンセプトに開店した「神楽坂TwinStar(ツインスター)」。そのオープニング記念スペシャル・ライブに白虎社が「出前芸術体」として登場、花魁ショーや金粉ショー等を繰り広げた。白虎社が公演活動と並行して行っていた「出前芸術体」は、結婚式から一般家庭の誕生日パーティ、コンサートやCM出演まで場を選ばず、「舞踏」のイメージにとらわれない「よりスリリングな見世
「キメラ」、「漂流教室」、「光の王国」のダンスビデオ作品三部作。白虎社は1987年9月にメルボルンのフェスティバルに参加、公演終了後にアボリジニーの聖地と言われる赤い砂漠等で撮影した。1987年東京国際ビデオビエンナーレにてグランプリ・ファンドを受賞。
白虎社は京都・東九条にある稽古場付きの合宿所で共同生活を営んだ。本映像でカメラは京都の街中から合宿所までの道のりを辿り、研修生への稽古を撮影している(一部、白虎社の舞踏手も参加している)。研修生への稽古は週に1,2回夜に行われており、映像では蛭田早苗が基礎練習を中心に教える。舞踏だけでなく、生活費を稼ぐためのキャバレーでのショーの動きも教えた。一方、映像にはないが、公演前の舞踏手への稽古は格段に厳
1982年ソウルから始まった「アジア演劇祭」の第二回の開催地はマニラ。映像では、開会式やパレードの他、インドのオリッシー舞踊、インドネシアのTheatre SAE DKI、台湾Lan-Ling Theatre Workshop、韓国Dae Ha Dramatic Troupe、フィリピンからの参加団体による作品を紹介する。日本からはYokohama Performance Group、さらに白虎社
