白虎社初の熊野野外公演の記録。オリジナルは8mmで撮影されており、公演の一部が別の音楽と共に編集されている。大須賀勇が凧にのって運ばれてくるシーンや、声は聞こえないものの蛭田早苗と会山軽子の「じゃがたらお春-怒り鶏・泣き鶏」が収録されている。白虎社は1980年から熊野において夏期舞踏体験+芸能文化セミナー体験合宿を毎年のように開催し、恒例となった合宿生の成果発表はこの公演と同じタイトルで行われていた。
1980年に設立され、1994年の解散まで京都を拠点に活動した舞踏団。主宰は舞踏家・大須賀勇。独自のアジア的感性を通じて、芸術と芸能を串刺しにする「明るい暗黒」を表出させ、原初のエネルギー渦巻く舞台を展開した。テレビへの出演、ダンスビデオ作品の制作など、それまでの舞踏の枠を広げた活動も積極的に行い、夏には熊野の山奥で、第一線で活躍する様々なジャンルの講師を招いて舞踏体験合宿を開催した。代表作は「ひばりと寝ジャカ」。大須賀は1990年、京都府文化賞功労賞を受賞。
弁天島海上野外劇場
白虎社の主宰である大須賀勇が芸術総監督を務めた「クマノ・スパーク(熊野国際アートフェスティバル)」の公演記録。セネガルからパーカッションのドゥドゥ・ニジャエ・ローズ、インド舞踊のシャクティ、モダン・ダンスの川上邦子舞踊研究所、女性だけの和太鼓グループ炎太鼓などが出演し、古代からの豊かな文化がある独特の地形を持つ熊野が国際的なアート発信の場になるとの大須賀の構想を実現。大須賀の総合演出による当該フェ
「キメラ」、「漂流教室」、「光の王国」のダンスビデオ作品三部作。白虎社は1987年9月にメルボルンのフェスティバルに参加、公演終了後にアボリジニーの聖地と言われる赤い砂漠等で撮影した。1987年東京国際ビデオビエンナーレにてグランプリ・ファンドを受賞。
白虎社の最初の海外ツアーの記録。ソウルの街各所を舞台にひらかれた第5回第三世界演劇祭では、国際青年演劇センター(KSEC)が上演した『海峡』が大きな注目を浴びた。『海峡』は、白虎社の舞踏、李三郎(朴炳陽)の「韓国演劇上演会」による在日韓国傷痍軍人の父と娘についての芝居、パンソリを組み入れた朴保とリセによるロック音楽とで構成されていた。本映像では舞台の他にも車窓からの風景や、一瞬だが、白虎社を絶賛し
後楽園球場の3塁側客席にテントを張って行われたイベント「新世紀末ライブ月世界旅行」2日目。1日目は「ディアーナの夢」と題して東京グラン・ギニョルなどが出演、2日目の「ガイアの夢想」に白虎社、細野晴臣のバンドF.O.Eや原田大三郎等が出演し、コラボレーションした。白虎社は舞踏フェスティバル'85での公演を10日後に控えており、上演作品『ひばりと寝ジャカ』の動きの多くを違う衣装や音楽でショー的にコラー
