第一部 年号が明治と改まって間もなく。お高祖頭巾の少女たちは野麦峠を越えて製糸工場に働きに出た。肺を病んだみねは、兄の背に乗って飛騨へ帰っていった。第二部 大正から昭和へ。工場の労働条件はひどくなるばかり。「女は表に出るな」とされた時代、工女たちは手を取り合い立ち上がっていく。
NHK編「戦争を知っていますかー語り継ぐ女たちの体験」を乾氏が構成。第一話「満州からの最終列車は燃えた」 第二話「艦砲の嵐をくぐりぬけて」 第三話「母さん、水をちょうだい」 第四話「ムッちゃんはどこへいったの」
山本宣治-1907年カナダ留学。1911年帰国後、三高、帝大を経て、1920年京大・同志社大の講師となる。産児制限運動から労働運動に参加。1928年初の普通選挙で労農党より当選する。反動の嵐の中、治安維持法に反対し、神田の旅館で暗殺される。「山宣ひとり孤塁を守る。だが私は淋しくない。背後には大衆が支持しているから」。
どけ、どけぃ!赤坂悪党、多聞丸! 田畠無うても河内一の馬借、手足で稼ぐ、馬で稼ぐ! 走れ、走れ、走るんじゃい。もの盗り・追剥ぎ、ぶった斬れ!ほやが百姓・散所、斬ったらあかん!とにかくわいは正義を成すじゃ!わかったか!
1945年6月30日。秋田県の花岡(現大館市花岡)で、強制連行された中国人850人が、鹿島組の残酷な強制労働・虐待に耐えかねて抵抗蜂起するが鎮圧虐殺される事件がおこった。舞台は30年後の1975年、高校教師庄司は生徒たちに語り始める、30年前に何が起こったのかを。
ジャーナリストの蕗子は、津軽の婆さまから聞いた昔話「鬼の目玉」が心から離れない。目玉をくりぬかれた鬼が、目玉を取り戻そうと迫ってくるというのだ。娘の誕生日に贈った「アンネの日記」から、少女のまま死んだアンネが自分と同じ年の生まれだったことを知る。アンネをアウシュビッツに閉じ込めた鬼が、目玉を取り返ししゃれこうべの世界に戻しはしないか?蕗子はアンネの隠れ家を訪ねる旅に出る。
村山知義生誕90周年記念 協力・前進座
天保十三年、忠治は六年の旅から赤城に戻った。忠治は焦っていた、留守の間に荒らされた縄張りを取り戻そうと盛んに賭場を開いた。ある日、開帖には十分な金を廻しているにもかかわらず三百人の捕方に賭場を襲われた。陰謀と裏切りに大切な子分たちを失い追いつめられていく忠治…。
村山知義生誕100周年記念
1部払暁 1940年7月27日日本領事館に通過ビザを求めてユダヤ人たちが殺到。日本領事杉原千畝とその妻幸子は?2部ホームワーク 1992年セルビア人武装勢力とボスニア共和国軍が戦闘。セルビア人の村にムスリム人家族が肉親を頼って逃げてくる。
東京郊外の星川眼科医院。医院長の賢一は、閉院を決意した。そして賢一は、医院に三〇年間勤め、彼の一人娘の母親代わりをもつとめた看護師の陽子に蓼科のコテージをプレゼントし、勇退。これで一件落着。ところが「先生、私、嘘をついていたんです。ここはどうしても、先生に辻褄を合わせていただかないと」「私、死ンジャウワ」とまでは言わないけど、ともかく、賢一、その嘘にノルことになって初冬の蓼科へ。陽子の看護学校時代