妻として、母として、歌人、詩人、評論家、小説家、童話作家として、懸命に生きた偉大なMOTHER与謝野晶子。その晶子と夫与謝野鉄幹の下、北原白秋、石川啄木、佐藤春夫、平野萬里、大杉栄、菅野須賀子、平塚明子らは集い、別れた。
あの忌まわしい大逆事件を挟んだ明治42年から大正2年の5年間。若い彼らは文学に社会改革に、愛に命を燃やした。それはおかしくて、哀しくて、せつなくて、そして震えるほど美しい―。
演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
劇団俳優座に在籍していた10名の若手俳優たちが日本の現実を反映させた創作劇の上演を強く願い、1954年劇団青年座を創立しました。現在劇団員と研究生をあわせ約200名が所属。創作劇の他、海外現代戯曲、過去の秀作等、幅広いレパートリーを有しますが、創立からの基本理念は変わることはありません。今後も日本の創作劇上演を柱にした公演活動を続けることによって、日本演劇の民主的発展に寄与し、舞台芸術を通して日本文化の向上をはかることを目的として活動します。
“雀の子 そこのけそこのけ 御馬が通”俳人小林一茶を知らない人はいないだろうが、人間小林一茶を知る人は少ない。十五才で信濃柏原から江戸に出た後の行動は謎に包まれたまま、いつしか俳諧の道で頭角を表してくる。ようやく五十二才で結婚するが、いとしい子たちは次々とこの世を去るのだった。“蝉鳴くや つくづく赤い 風車”だが一茶の人生は大きくうねりつづける。江戸と信濃柏原、二つの土地の間で一茶の愛が、欲が、生
800年もの昔、空を真黒に染めてシベリアからやってきたつぐみの群れが、日本の津々浦々を飛翔した。その一羽がお寺の池のほとりに落とした椎の木の種は、やがて巨大な椎の木に成長し、今年も繰り返される命の死闘を見つめている。トノサマ蛙のブンナは、新しい世界を求めて椎の木のてっぺんに登る。しかしそこは壮絶な“生きるための戦い”を繰り広げる修羅場で会った。蛙の天敵の彼らもまた、弱肉強食の自然界で懸命に生きてい
劇団青年座創立50周年記念公演 第3弾
生まれついてけもののように生きていくしかない哀しい定めの男たちがたむろする安楽亭。そこに場違いな男がフラリ現れた。「俺は知ってるぜ。この店がどんな店か。」男は酔い潰れ、嗚咽する。ある夜、与兵衛が傷ついた若者を担ぎ込んで来た。身なりからして真面目そうなこの男もまた事情ありのようだ。「いったい、何をしたの。」おみつの言葉に身の上を話し出す富次郎。その時、他人とは関わらなかった安楽亭の男たちの血が騒ぎ始
8月15日、長崎平和公園の午後 人ひとり通らない砂利の道を 太陽がやいていた40年前の夏閃光、爆音、海鳴り、そして、あの雲 あのあと 美しい色と形の雲を見た者は生きのこったそしてー真夏の昼下がり 原爆を投下したパイロット アメリカの英雄 その人が長崎に出現した 心を病む男…彼はいったい何を求め この地にやってきたのだろうか―「ザ・パイロット」はことしの夏の物語であるこの舞台で起きるすべての事件は私
