日本による韓国併合の時代に朝鮮北部に産まれた李仲燮は、朝鮮の大地を愛し幼い頃より絵に描いていた。一九三五年、支配国である日本に渡り 、東京帝国美術学校、文化学院美術科で絵を学ぶ。在学中に山本方子と出会い魅かれ合うが、戦局も逼迫して一人、実家のある元山(ウォンサン)へと戻った。思いを断ち切れない方子は終戦間近の一九四五年、危険な玄界灘を一人渡り仲燮と再会する。二人は結婚、山本方子は李南徳(イ・ナムドク)として生まれ変わり二人の子どもを授かる。やがて第二次大戦は終結するも朝鮮半島は混乱が続き、朝鮮戦争が勃発。身の危険を感じた仲燮は、芸術と家族を守るため、一人残るという母に絵を託して元山から脱出する。一家は釜山から済州島にたどり着くが、南徳と子共たちは健康状態が悪化、仲燮を残して日本に帰ることとなった……。
演劇博物館別館6号館3階「AVブース」にて視聴可能です。
劇団文化座は戦時下の1942(昭和17)年2月26日に結成される。同年4月第1回公演梅本重信作『武蔵野』で旗揚げ。敗戦間際の昭和20年6月、日本の現代劇の紹介という名目で満州に渡り2か月後に敗戦を迎え、一年間の難民生活を経て帰国。以来、「戦争と日本人」にこだわった作品、日本の底辺に生きる人々に寄り添った作品、現代を映す鏡となる現代劇を生み出し続けている。
昭和もまだ穏やかななりし頃、東京は下町、老舗の飴菓子製造販売店「ささなみや」放蕩者の主人・久四郎は一向に店を顧みないばかりか、外では一体何をしていることやら。でも元気で働き者のお内儀・ちからによって何とか店は切り盛りされているようです。どんなことが起ころうと持ち前の負けん気の強さで吹き飛ばしていくちから。しかし時がたつにつれ、戦争に向かって世間の雲行きも怪しくなってきました。店は勿論、成長した子供
感動の浅田次郎作品、初の舞台化! 「鉄道員(ぽっぽや)」「壬生義士伝」「蒼穹の昴」など数々のベストセラーを世に送りだし幅広い年齢層の人々に圧倒的な支持を受けている浅田次郎氏。その作品群の中でもひときわ光彩を放つのが「天国までの百マイル」です。同作品はすでに映画化、ドラマ化されています。そして今、文化座が挑む初の舞台化。親子の深い絆、男女の切ない恋、そして人と人との出逢い。<愛と勇気と再生>の物語を
沖縄の日本復帰から10年が経った1982年、人口41ひと、そして小学生がだった一人になってしまった鳩間島は存亡の危機に立たされていた。その生徒も三学期の終了とともに西表島に転校することになっている。そうなれば、診療所も郵便局も交番もなくなり今となっては島の唯一の公共機関である小学校は廃校となり、島の過疎に拍車をかける。ひいては廃村といった事態に陥るかもしれない。そこで島野大人たちは、親戚の子を島外
今も昔も津軽富士、お岩木山は津軽の衆の守り神。おいわきさんのそれはそれは大きな池がありました。戦乱の世が続き、織田・豊臣・徳川と天下が移り変わるなかで、平穏だったこの土地にもさまざまな人やものが流れ込んできました。ところで、この池に住む「てながえび」のてはどうしてこんなに長くなったのか――。この池にやってくる人間や、池に棲みついた「あししばり」という妖怪が登場する幻想的な物語は、なんとも愉快なほの
